ザワザワとした言葉がドライブ感をともなっていまわしい物語をイメージ豊に立ち上げる

小説・エッセイ

公開日:2012/3/5

共喰い

ハード : PC/iPhone/iPad 発売元 : 集英社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:電子文庫パブリ
著者名:田中慎弥 価格:999円

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「共喰い」である。
なにが共喰いするのか。
蜘蛛が蠅を喰っても共喰いにならない。

蜘蛛が蜘蛛を喰うに匹敵するアクションは本作の、非常に登場人物と登場動物が少ないシチュエーションの中では、ほとんど知性の上澄みすら使う必要がないほど明らかな問題で、それは父と子である。

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別にいえばこれは、言葉のダイナミズムに満ちた「父殺し」の物語だということだ。

本作が「中上健次チック」と呼ばれる油煙である。いや所以である。

実際、父と子の間に宙づりされたようにたたずむ、狂女とも娼婦とも見える忌まわしげな女の人物は意図は中上の「十九歳の地図」を思わせる。

淀んだような川に芥や粗大ゴミや油が浮いてわだかまり町を呑み込みそうな空の下に、「俺」は五つ年上の女千種と付き合って生きている。母琴子は「俺」が生まれたあと父と別れ魚屋を営み、父は年増だが肌の若い後妻を迎えている。女を殴らなければセックスできないのが父の性癖だ。「俺」も強い性欲に支配されながら、しかしいつか父のように女を殴るのではないかと恐れている。

後妻もやがて妊娠し、しかし出奔してしまう。とりとめの亡くなった父が跡を追うとするのを、もうこの歳だから殺してしまおうと「俺」は思い…。

行き所のない子の憎悪の絡まり合いをドライブ感のある言葉で描きあげた逸品である。だが読みどころはその物語性よりも、情景描写におけるイメージの喚起力というか、象徴性の色気というか、たとえば糸でクリクリ巻かれた鰻、どんよりとうねる川にたくさんの金魚が放される、バウバウとやかましく吠える赤犬、琴子の魚屋でさばかれる魚たちのぬらめき、などなどのシーンが起きているドラマに豊穣なというか、肉感的な手ざわりをありありと与えて全体がうねっていく快感を見落とすべきではないのだ。