「四十で酒乱、五十で人格崩壊、六十で死にますよ」医者からの宣告はアルコール中毒

暮らし

2018/4/17

『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』(小田嶋 隆/ミシマ社)

「酒は百薬の長」。適度な量と飲み方をしていれば、長生きに繋がるといわれている。仲間同士で楽しく飲む酒、自宅でちびちびやる晩酌、体だけでなく、日頃溜まったストレスの解消にもなっているだろう。しかし、酒は「諸刃の剣」でもある。過剰摂取で体調を壊す、暴言、暴力、酒乱、酒のみ運転など、時として違法行為にも繋がり、他人に迷惑をかけることもある。さらに、アルコール中毒という深刻かつ厄介な病を引き起こす。

『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』(小田嶋 隆/ミシマ社)は、コラムニストで元アルコール中毒患者の著者が、自らの20年に及ぶ(そしてまだ続いている)アル中の治療について、告白したものだ。

■依存を生むのはものではなく、人

アル中というと、「酒だあっ!」と目を血走らせて、手が震えているような人を思い浮かべがちだ。しかし、普通のアルコール依存者は酒を切らすことがなく、離脱症状で手が震える前に飲んでいるという。そして、いつも酔っ払っているから足元がおぼつかず怪我が多いという。連続飲酒発作を起こすと、水を飲んだだけで吐いてしまい脱水症状が起きる。這々の体で病院で点滴を打って回復すると、すぐまた酒に手を出す…そんな状況でもアル中の人は、「自分はアル中ではない」と信じて疑わない。

アル中が「否認の病」といわれる所以だ。実は彼らは1週間まったく飲まなかったりすることもあるという。アル中は、酒の量が問題なのではなく飲むということに対しての「考え方の病気」なのだ。そして、「酒が依存物質」なのではなく、「人が依存体質」だから中毒になる。なる人は、酒でもチョコレートでも、納豆でもなってしまう。

■治療開始から20年。いまだに“断酒中のアルコール依存者”

そんな著者に転機が訪れる。連続飲酒発作で点滴を受けた後、5日間酒を飲まなかったところ一睡もできず、ついに幻聴がやってきたのだ。医者にアル中と診断され、「四十で酒乱、五十で人格崩壊、六十で死にますよ」と告げられる。そこから治療を開始。20年が経つが完治ではなく、いまだに自らを“断酒中のアルコール依存者”であるといい、“坂道でボールが止まっているみたいなもの”と例える。

酒をやめた人生について、著者はこんな表現をしている。

酒をやめた男の気持ちを知りたいんなら翼をなくした鳥に話を訊いてみれば教えてくれると思うよ
魚がカナヅチだったらどうよ
4LDKのなかの二部屋で暮らしているような、独特の寂しさ

著者は、自身のアル中経験からネットやスマホに依存する現代社会の暗部にも切り込み、コラムニスト魂を垣間見せる。

何かに依存するってことは、自分自身であり続けることの重みから逃れようとすることで、逃避という行為自体はスマホでもお酒でもそんなにかわらないんですよね。

今この瞬間も、アル中に苦しむ人や予備軍にはもちろん、何かに依存しないと生きていけない人たちが数多くいる。本書は彼らに何を訴えるだろうか。

文=銀 璃子