禁煙化が進む今の時代にこそ読みたい、文豪たちの喫煙礼賛

文芸・カルチャー

2018/4/23

『もうすぐ絶滅するという煙草について』(キノブックス編集部:編/キノブックス)

紙巻の煙の垂るる夜長かな ——芥川龍之介

 煙草のある人生は素敵だ。何せ文学との相性が抜群なのだ。小説と煙草、場合によっては、それに酒とセックスなどが加わる。これらは最高のマリアージュとして、我々のDNAの最深部に刻み付けられていると筆者は思っている。健康志向の科学者や医者達が何と言おうと、だ。

 喫煙者というだけで、まるで害悪そのものであるかのような風当たりの昨今。非常に肩身が狭い。周りに配慮するのは当然だが、それは何を好むにしても同じこと。愛煙家は好きなものを好きだと言うことすら許されないのだろうか。我々喫煙者は、いつの間にか煙草を好むということに対しても引け目を感じるまでになってはいないだろうか。

 好きなものには自信を持ちたい。もっと、その良さを実感したい。そんな、煙草とそれを包む文化的な空気を愛したい人々に、強く薦めたい1冊の書籍がある。『もうすぐ絶滅するという煙草について』(キノブックス編集部:編/キノブックス)というアンソロジーだ。

 本書の詳細に触れる前に、ここに1点断りを入れておきたいと思う。この本は、煙草と小説、芸術をこよなく愛する者に向けたアンソロジーである。「煙草」という2文字を見ただけで忽ち気分を害するような方は、ここで本稿を閉じていただきたい。私は喫煙者を責め立てる嫌煙家達に対して反抗の意見を提示するつもりは毛頭ない。その代わりといっては何だが、煙たいブックレビューくらいは自由に吐かせて欲しい。

 喫煙者の戯言はこのくらいにしておいて、まずは本書の概要から説明させて頂く。本書は芥川龍之介、内田樹、夏目漱石、浅田次郎、澁澤龍彦、あさのあつこ、安岡章太郎、谷川俊太郎、筒井康隆、倉本聰、安部公房、斎藤茂吉、内田百閒など、42名のまさに文壇のスターと言える作家や思想家、脚本家、学者、漫画家らが手掛けた、煙草に纏わるエッセイや詩、俳句などが詰め込まれたアンソロジーだ。普段から文学作品を熱心に読まれる方なら、きっと大いに心躍る顔触れだろう。

 本書の帯には、煙草のパッケージの警告文を模して以下の文言が書かれている。

「喫煙と読書は、あなたにとって
健康を害する危険性を高めます。」

 エッジが効いている。実に良い。これだから読書は止められない。そう感じるのは私だけだろうか。

 本書の内容を、ほんの一部であるがここにご紹介したい。

 澁澤龍彦氏は、パイプの黒褐色や茶褐色の肌触りの繊細微妙な美しさをアフリカの女性の艶めかしさに例え、愛すべきパイプとの接し方の拘りを説く。「自分が喫煙を止められないのは、ニコチンの成分的な作用だけの所為ではないはずだ」。常々そう感じていた私は、自身がこのような官能的な肌触りを有する美の虜にもなっていたことに改めて気付かされた。化学成分のみならず、美的な観念や手触りにも中毒性はあるはずなのだ。それに心を侵されているこの状況を、どうして恥じることがあろうか!

「いいことひとつない」煙草の、「人間の人間らしさのおろかな証し」を愛しがるのは、谷川俊太郎氏の繊細な詩。自分の中で言語化できなかった喫煙文化に対する慈しみを、流石は谷川俊太郎、実に見事に表現している。

 筒井康隆氏は、持ち前の強か且つユーモラスな文章で喫煙者差別に対して反撃の狼煙を上げる。強気な意見だが、喫煙者サイドにもこのような論者がいても不自然ではない。かなり心強い意見表明だ。

 煙草というひとつのキーワードを共有し、42の巨大な才能は輝きを放ち、緩やかに絡み合う。こんな斬新な切り口のアンソロジーを、我々は一体どれほど欲していたことだろうか。

 肩身の狭いこのご時世。本書で扱われているような内容に対しては、もしかしたら、「喫煙の美化だ」「単なる言い訳だ」「惨めな慰め合いだ」などのバッシングが飛ぶかもしれないが、それも仕方がない。その通りなのだから。これは喫煙礼賛であり、滅茶苦茶な理論武装なのである。但し、もうひとつだけそこに付け加えるのならば、これは人間と芸術とを繋ぐ“やわらかい部分”に触れる行為に対する喜びでもあるのだ。

 正直に告白すれば、この原稿を書いている間にも私は、相棒のセブンスターを10本ほど灰にしてしまった。

文=K(稲)