自閉症の子を育てる母親の胸の内。希望を持つ日もあれば、どん底まで落ちる日も―

出産・子育て

2018/4/24

『自閉症くんの母、やってます』(moro/竹書房)

 タモリが笑福亭鶴瓶のあけっぴろげな性格を「自開症」と呼んだのには、上手いことを云うと思ったものだ。しかし、その言葉の元となる「自閉症」を、字面で勘違いしている人は少なくないはず。かく云う私も、『自閉症くんの母、やってます』(moro/竹書房)を読むまでは、著者同様に「こういう子って殻に閉じこもってるんでしょ」と思っていた。2人目の子供として「こもたろ君」を産んだ著者は、こもたろ君が1歳になって1ヶ月以内というハイペースで歩くようになったことや、何かをものすごく集中してこなすのを見て「この子 実はすごい子かも」と思っていたら、自閉症と診断されたという。

 著者が不安感を覚えたキッカケは2歳になっても喋らず、名前を呼んでも振り向かないうえ、目を合わせることが少なかったからとのこと。ネットで発達障害の特性を調べれば調べるほど、アスペルガー症候群や自閉症などを含む広汎性発達障害が思い当たり、1ヶ月ほどは落ち込んでいたそう。しかし、受け入れがたくとも覚悟を決めた著者のそれからの行動は早かった。行政の相談窓口に問い合わせ、障害のある子供に合った治療や教育を行なう療育園に通うことを決めて、「障害福祉サービス受給者証」や「療育手帳」の申請手続きをしていく。親としては「障害者です」と自分の子供を認めるようなもので、著者自身「悩んだ末」に「早いほうがいいと思って」と当時の心境を述べている。

 そして著者は、自閉症の子供が見ている世界を「混沌とした世界」と表現しているのだけれど、それでようやく私もイメージがつかめた気がする。一つのことに夢中になって周りが見えなくなるのは、混沌とした世界で見つけた光だからだし、叱られるとパニックを起こすのは、目の前に急に現れた人から怒鳴られるのと同じだから。いつもと違うところへ寄り道したり、予定していたスケジュールが変更になったりすると極度に不安になるのは、混沌とした世界の中で明かりが灯っている道から、いきなり暗い路地に引きずり込まれるようなもので、想像してみれば私だって恐怖を感じる。

 そんな著者にしても、こもたろ君の問題行動が様々な訓練によって少なくなり成長していく様子に歓びながら、「もう少し早く取り組んでおけばと後悔している」と思ってしまうのは、それほど保健師や小児神経科の医師といった専門家に相談したのが功を奏したということだろう。例えば、パニックを起こして床に頭突きをする自傷行為が始まり、友達と絵本の取り合いになって相手を叩いてしまう他害行為を起こしたさいには、療育園の先生のアドバイスにより、怒ったら「床を叩くように誘導した」という。こもたろ君の気持ちを代弁しながら「絵本読みたかった 悔しい」と、声に出してやるのがポイントだそうだ。

 ところが、こもたろ君が3歳の頃、買い物帰りにソフトクリームを食べさせるのを日課としていたら、見知らぬ人から「毎日毎日 買ってやることねーよ」と指摘されたそうだ。子供のワガママに付き合う母親に見えたのかもしれないが、習慣を変えるには用意周到に新たな光を示さないと別の問題を引き起こしてしまうから、安易に叱ることなく躾けなければならない。

 その点においても本書は障害のある子供を育てる体験記にとどまらず、子育てに悩んでいる人には参考になることが多い。それと今ひとつ、自分自身も顧みなければならないと思わされた。なにしろ文部科学省の調査によれば、学校の1クラスに2人程度は発達障害のある児童がいるそうで、広汎性発達障害は程度の差こそあれ10人に1人が該当するという専門家さえいる。騒いでいる子供を見かけたとき、躾のために叱るのは当然という考えに固執し、その背景への想像が及ばないばかりか、怒りが湧いてきて感情をコントロールできないとしたら、自分の方にこそ問題があるのかもしれないのだ。

文=清水銀嶺