遺族とJR西日本にとっての「福知山線脱線事故」―この13年はどんな時間だったのか

社会

公開日:2018/4/25

『軌道 福知山線脱線事故-JR西日本を変えた闘い』(松本創/東洋経済新報社)

 2005年に兵庫県尼崎市で起きたJR福知山線脱線事故から、4月25日で13年を迎える。同日午前9時18分、宝塚発同志社前駅行の快速電車が尼崎駅手前の急カーブで脱線し、線路脇のマンションに激突。乗客と乗員合わせて107人が死亡し、562人が負傷した。

 連日メディアがトップで取り上げる大惨事だったが、13年もの時間が経過していることから、あまり記憶にない人もいるかもしれない。だが松本創さんによる『軌道 福知山線脱線事故-JR西日本を変えた闘い』(東洋経済新報社)は、淺野弥三一(あさの・やさかず)さんという一人の遺族とJR西日本(以下JR西)にとって、この13年がどんな時間だったかを余すことなく描き出している。

 たまたま当該列車に乗っていた妻と妹を喪い、次女が重傷を負わされた淺野さんと、松本さんは2000年に取材を通して知り合っていた。都市計画コンサルタント事務所の代表だった淺野さんは、尼崎大気汚染公害訴訟の支援や震災復興後のまちづくりなど、住民に寄り添った目線での地域再生に力を注いできた。いわば公害や災害に苦んできた被害者の声を拾う側だったのに、脱線事故によって「被害当事者」になってしまったのだ。

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 神戸新聞に勤務していた松本さんは事故当日、内勤作業が終わっていち段落着いた夕刻に、尼崎の親しい友人に様子伺いの電話を掛けた。その友人とは淺野さんの事務所メンバーの、若狭健作さんだった。「淺野さんの奥さんが電車に乗っていて、まだ見つかっていない」。松本さんはそう聞いて絶句し、身を固くした。同書は淺野さんから2012年に「事故後にやってきたことを客観的な記録として残せないかと思ってるんやけど」と言われたことが、生まれるきっかけになったそうだ。

 松本さんはそれまで事故関連の記事をいくつか書いてきたものの、ずっと追っていたわけではなかった。またどこまで書けばいいのかや、彼がしてきたことが加害企業のJR西にどう響き、どんな変化があったかを追う必要があった。そこで松本さんは淺野さんの主張や行動を追う一方で、JR西の元幹部に取材依頼を繰り返している。

 取材で見えてきたのは、当時のJR西の「非常に硬直した、官僚主義の、責任や誤りを決して認めず、絶対に譲歩しない」企業風土だった。

 2007年に国土交通省航空・鉄道事故調査委員会が公表した事故調査報告書にある事故の概要には、原因をわずか12行で「本事故は、運転士のブレーキ使用が遅れたため、右曲線に制限速度を大幅に超えて侵入し、1両目が左に転倒するように脱線し、続いて2両目から5両目が脱線したことによるものと推定される」「運転士のブレーキ使用が遅れたことについては、虚偽報告を求める車内電話を切られたと思い車掌と輸送指令員との交信に特段の注意を払っていたこと、日勤教育(懲罰的な再教育)を懸念するなどして言い訳等を考えていたこと等から、注意が運転からそれたことによるものと考えられる」(抜粋)などと記されていた。

 懲罰的な人事管理や再教育などJR西の企業体質を指摘したのは異例だったが、結局のところ「運転士のブレーキ遅れ」、つまり個人のミスが直接原因とも読める内容だった。
 淺野さんはそこから本格的に、JR西に対して戦いを挑んでいく。

 JR西にはかつて「JR西の天皇」と呼ばれ、本人にはそんなつもりはなくても結果的に周りに忖度を強いた、井手正敬氏という人物がいた。会長を経て事故当時は相談役だったものの、民営化以降 同社の中心にいた井手氏の影響は、企業風土に色濃く残っていた。それは「絶対にミスを許さない」という無謬主義で、結果的に当時のJR西には私鉄との競争を重視した利益尊重主義や無茶なダイヤ編成、ミスをした運転士などへの懲罰的な指導が目的の日勤教育がまかり通っていた。だから脱線事故も「たるんだ運転士によるミスが一番の原因」であるかのごとき報告がされていたのだ。

 事故被害者の会の「4.25ネットワーク」に「何が目的で集まるかわからない」と思いながら参加した淺野さんは「『企業体質が悪いから事故が起きたのだ』という言い方は、私たち遺族にとってはごまかしでしかない。企業体質が悪かろうが、鉄道事業者として最低限守るべき安全への意識が徹底していれば、これほどの惨事は防げたはずではないか」と、「なぜ」に斬り込んでいく。だがこの「なぜ」は、責任の追及ではなかった。

「これは科学技術論争だ。感情論ではないんだ。感情論をぶつけあっているかぎり、安全への道筋は開けない」

「なぜ」を知るために淺野さんは、同じく技術畑出身で事故後にJR西の社長になった山崎正夫氏らと手を組み、課題を検討する会議を開いた。悲しみや憎しみを脇に置き、加害者とともに組織事故の構造を明らかにすることに挑んだのだ。詳しい内容はぜひ本で知ってほしいが、亡くなった運転士やJR西の役員たちから犯人捜しをするのでもなく、悲しい偶然として終わりにするのでもない。「なぜ」を徹底的に突き詰めていくことで事故を社会化し、その過程を経てJR西は無謬主義から変化を遂げていくのだ。

 大事な人を喪った悲しみは当事者のものだが、その悲しみを生んだ原因は決して「個人的なこと」ではない。もちろん遺族は一枚岩ではない。「4.25ネットワーク」とは関わりを持たない遺族もいるし、同会のメンバーだってそれぞれ違う思いを抱いていることだろう。だが遺族が事故を社会化しようとすることで膠着した組織が変化していく様は、決して個人の存在は無力ではないということを、読み手に教えてくれる。

 この本は大事な人を喪った遺族が巨大組織に徒手空拳で戦いを挑み、勝利を勝ち取るという内容ではない。痛みを抱えながらも遺族がJR西を許すという、和解の物語でもない。被害者は加害者を許すでも憎み続けるでもなく、それ以外の方法で加害者とどう向き合うか。加害者は被害者に対して、どんな心を持って対応するべきなのか。多くの犠牲者を生んだ事故と1人の遺族を通して、いつ何時被害者にも加害者にもなる可能性を持つすべての人々に、「そうなった時自分ならどうするか」の気づきを与えてくれる1冊だ。

文=今井順梨