その姿を見た者はいない……。人を殺害する全裸男の正体とは? サスペンスホラー『佐藤さん』

マンガ

更新日:2018/5/7

『佐藤さん』(楠本哲/少年画報社)

 佐藤さん。この日本で一番多いとされる名字に、こんなにも恐怖する日が訪れるとは思いもしなかった。

 よくある名字をタイトルに冠したマンガ『佐藤さん』(楠本哲/少年画報社)は、“都市伝説”をテーマにしたサスペンスホラーだ。本作での都市伝説とされているのが、「佐藤さん」という殺し屋の存在。彼は、電話でしか依頼を受けない秘密主義者であり、裏社会に生きる人間もその姿を目にしたことがないという。そんな佐藤さんに出会ったとき、人はどうすればいいのか――。

 本作は一話完結型の連作短編形式をとっている。登場するのは、毎回、立場も職業も異なる人たちだ。そして、共通するのが、みな「佐藤さん」に狙われるということ。

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 作中では「佐藤さん」の姿が明確に描かれていない。わかるのは暗闇の中でのおぼろげな輪郭だけ。しかし、それが実に不気味。骨と皮だけと思われる手足は非常に長く、生気がない目はうつろ。親指の爪が鋭く伸びており、それを使い、彼は次々に人を惨殺していく。その様子を見る限り、彼はこの世の者ではないように思える。けれど、それすら明らかにはされない。第3話で週刊誌の記者がその正体に迫ろうとしたが、明確な殺意を突きつけられ断念した。結局、誰も「佐藤さん」の秘密を暴くことなんてできないのだ。

 ホラーテイストの作品の中には、作中で起こる事件や悲劇の因果関係が明らかにされるものと、そこは一切伏せたままでひたすらに恐ろしい展開が繰り広げられるものとがある。本作は後者のタイプ。どうして「佐藤さん」は生まれたのか、どうして人を殺害していくのか、それらはわからないまま、理不尽ともいえる物語が描かれているのだ。

 作者の楠本哲さんは、第1巻のあとがきで「佐藤さん」のことを、妖怪や化物ではなく、どこかに絶対存在する人間として描いている、と綴っている。だからなのだろう。本作には全編通して、嫌な汗をかくようなリアリティが漂っているのだ。妖怪の方がまだマシじゃないか……。

 もしかすると、隣に住む佐藤さんが、本作の「佐藤さん」かもしれない。そんな怖い妄想に拍車をかける都市伝説ストーリー。虚構と現実の境目を漂うようなホラー体験を求めている人には、ぜひおすすめしたい一作だ。

文=五十嵐 大