目指せ山岡士郎! 至高のパラパラチャーハンを追い求める熱いドキュメンタリー

食・料理

公開日:2018/5/3

『男のチャーハン道』(土屋 敦/日本経済新聞出版社)

 読者は、至高のパラパラチャーハンを食べたことがあるだろうか。卵が見事にコーティングされたパラパラのご飯。ネギと油の風味が食欲をそそり、思わずかきこみたくなる至高の一品。そんなチャーハンを作るべく、3年間もの試行錯誤を重ねた男がいる。『男のチャーハン道』(日本経済新聞出版社)の著者であり料理研究家の土屋敦さんだ。

 伝説の料理マンガ『美味しんぼ』の第4巻で登場した、チャーハンを題材にしたストーリーにひどく衝撃を受け、それ以来ずっと「パラパラのチャーハン」が作れないことにある種のコンプレックスを抱き続けてきた土屋さん。本書では、そのコンプレックスを払拭するべく、至高のチャーハン作りに挑戦する様子が記録されている。

 先に読者にお伝えしたいのは、本書がただの料理本ではないことだ。どちらかというと、「パラパラチャーハンの作り方」をテーマに掲げた「研究論文」に近い。そしてその論文は、チャーハンと闘う試行錯誤に試行錯誤を重ねた漢(オトコ)の3年間という「読ませるドキュメンタリー」に仕上がっている。まるで中華鍋から熱気が伝わるように、本書から熱意の温度がひしひしと伝わるのだ。

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■ゴールであるパラパラを再定義する

 普通の料理本なら、まずチャーハンに使う素材や道具の説明から入るだろう。しかし土屋さんは違った。至高のパラパラチャーハンを作るためには、そのゴールを明確に定めなくてはならない。そのために「パラパラ」の再定義を行っている。それが以下だ。

パラパラが、飯粒同士がくっついていない状態を指していることは間違いないだろう。しかし、飯粒がバラけていたとしても、それぞれの飯粒がしっとりして水分が多かったらパラパラとは呼べない。逆にパサパサするまで水分が飛んでいてもいけない。飯粒の水分がほどよく飛び、なおかつバラけている状態が、パラパラなのだ。

 まさに研究論文らしい一節だ。感服しかない。私たちが軽々しく口にしていた「パラパラ」の概念がここに固定されている。ここをスタート地点に、土屋さんの格闘が始まった。

■卵によるご飯コーティングの謎

 パラパラを再定義した土屋さんは、その至高の状態を追い求めて、チャーハンをふるう鍋と火力の研究を始める。その途中で「鍋の蓄熱量」に注目し、広東鍋を3台も新調した様子や、どの状態のご飯(炊きたてか保温か)を使うべきか場合に分けて実験する様子など、試作に試作を重ねる模様が克明に記されている。

 その後、土屋さんは次の工程に入った。卵だ。チャーハン作りで謳われる「卵のコーティング」の検証に入ったのだ。誰もが「飯粒には卵がコーティングされているものだ」という固定観念を抱いているが、果たして本当に必要なのか。

 今の時代、ネットや料理本のレシピではそれが主流となっているが、90年代に「究極チャーハン」ブームを巻き起こした周富徳は「卵のコーティング」を語っていない。この研究の原点となった『美味しんぼ』でも同様だ。また80年代以前になると、その概念自体なかったことを土屋さんは文献調査から突き止めている。

 およそ30ページにわたってチャーハンの歴史を振り返った土屋さん。その結果、卵のコーティングの必要性自体を確かめる実験を始める。

1.卵を炒めて炒り卵にして取り出しておき、ご飯を炒めた後で、再び卵を投入する方式
2.あらかじめご飯と卵を混ぜ合わせてから炒める方式
3.ご飯を炒めた後、上から溶き卵を落とす方式

 この3つの方式でそれぞれチャーハンを作り、食べ比べてみた結果、土屋さんは「やはり卵のコーティングは必要だ」という結論に至る。しかしそれだけではなかった。なぜ日本人は「チャーハンはパラパラが当たり前」と思うようになったのか、その考察も加えている。

 この考察は、30ページに及ぶチャーハンの歴史に触れないと真に理解できないので、そのさわりを簡単に述べたい。

 日本人が食べるジャポニカ米は「もちもち」が当たり前。そしてその他アジアの国のお米はもともと「パラパラ」している。だから「卵コーティング」が必要なのだ。

■至高のパラパラチャーハンの材料は――

 ここまでご紹介した「チャーハン道」の格闘ぶりは、本書のほんの一部にすぎない。このあと土屋さんは、油の検証に入り、ネギと卵の役割を考察し、さらなる試行錯誤に挑んでいる。また、本書第4章には「中華鍋から手を離せ」というタイトルがつけられており、その研究はドラマチックな域にまで達している。

 この『男のチャーハン道』では一貫して

仮説を立てる > 実験する > 結果を受け止める > 考察する

 を愚直に繰り返している。3年間に及ぶ土屋さんの膨大な努力が紙面から醸し出されているのか、研究に研究を重ねた末に「至高のパラパラチャーハン」に辿りついたとき、読んだ私も感動した。

 ネットで検索すればすぐ答えがわかってしまう現代では失われてしまった「探求心」がここにある。至高を追い求めたドキュメンタリーが本書にある。

 ……と、本書を読んだ私ばかりが勝手に盛り上がっている可能性があるので、最後に土屋さんが到達した「至高のパラパラチャーハン」を実現する材料だけ紹介したい。

【材料(1人分)】
・ご飯(炊きたてではなく、保温しておいたもの):230g
・卵の黄身(白身も少し残す):2個分
・白ネギ:20g
・太白ごま油:大さじ1
・塩 :小さじ2分の1

 ぜひ読者も本書を片手に至高のパラパラチャーハンを体感してほしい。

文=いのうえゆきひろ