最後の最後まで気が抜けない! 愛と青春とミステリーの物語『僕と彼女の左手』

小説・エッセイ

公開日:2018/5/4

『僕と彼女の左手』(辻堂ゆめ/中央公論新社)

 『僕と彼女の左手』(辻堂ゆめ/中央公論新社)は、2015年『いなくなった私へ』でデビューしてから、タッチの違う小説を書いてきた辻堂ゆめさんが、新たなテーマとして挑む恋愛小説だ。

 筆者は連続して恋愛系の作品に接する機会はあったが、本書はただの「恋愛」ではなく、「青春」あり「ミステリー」要素ありと、とても読み応えのある作品だった。

 実はデビュー作で「この2人の関係、この先どうなるのか」と思うところがあったという辻堂さん。それが今回の作品が生まれるきっかけになったそう。

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 中途半端なレベルで色々な要素を取り込むような作品にはしたくない。全てをしっかり取り入れたいと考える、辻堂さんならではの小説と言えるだろう。

 これは、大学の医学部生である時田習と、キャンパス見学に来た清家さやこの恋の物語。幼いころから頭が良く、実家は医院という恵まれた環境にある習。そして、そんな彼に積極的に近付いてくるさやこ。

 しかし最初に述べたように、ただ平凡に2人が結ばれるだけの話ではない。すぐに習は、さやこの右半身に麻痺があることに気付く。だがさやこはそんなハンデに負けず、日々乗り越えていこうと懸命に努力し続ける女性だ。

──僕は今、ものすごいものを見ているんじゃないか。
 さやこの横顔に、初めて目をやった。こんなに激しい動きをしているのに、彼女の表情は爽やかで、初めてピアノに触った子どものように輝いていた。

 ここを読んで、「ああ、自分ももっとがんばろう」という意欲が湧いてくるのを感じた。簡単に物事を諦めてはいないか。まだまだ、できることはあるんじゃないか。そんな気持ちが湧いてくる。

 今、何かに向かって努力し続けている人。恋にしろ仕事にしろ、がんばる力が欲しい人。どんな人にも力を与えてくれる、さやこの左手だけを使ったピアノの演奏。「ああ、実際に聴いてみたいな」という想いが生まれてきた。誰もが「自分も簡単には諦めず、したいことをがんばろう」という力が湧いてくること、間違いなしだ。

「ハンディキャップがあるさやこを、習が助けてあげる恋の物語」なのかと思いきや、それだけではない。明るく真面目で優秀な習だが、幼いころ、乗っていた電車が大破する事故に遭い、父を亡くしている。

 そして医学部生となった今、幼いころのこの事故による心身症のせいで、医師になるのは無理だと感じているのだ。

 だがさやこと共に、その事故現場に出かけたことで、少しずつ習に乗り越える力が生まれてくる。ハンデを乗り越えようとがんばるさやこが弾く、左手だけを使う美しいピアノの音色に心奪われる習。努力し続けるさやこへの想いが、習の口からポロリと出て、2人の恋が始まる。

 だが、まだそこでは終わらない。なぜかさやこと連絡が取れない日が続く。なぜなのかとさやこの住む町を訪問した習は、あることに気付くのだ。

「え、ハンデを乗り越えるさやこを、習が励まして支える物語じゃないの? さやこには、習に隠していることがあるの? それは、これまで習が信じてきたものを大きく覆すものになるんじゃないの? じゃあ2人は、この先どうなるの…?」そんなドキドキが止まらなくなってしまった。

 最後の最後まで、ドキドキしながら読み進めることになる。でも大丈夫。この物語に出てくる習とさやこはもちろんのこと、仲間や家族たちからも、相手を想うからこその行動なのだと伝わってくる。

 最後までずっと、相手を想う美しい気持ちと共に過ごすことができるだろう。「ありがとう」という感謝の想いと笑顔の中で読み終えられる、温かな作品だ。

文=松田享子