「好きで出世したわけじゃないのに…」セクハラ・パワハラの横行する男社会で次長になったら…

文芸・カルチャー

2018/5/8

『駒子さんは出世なんてしたくなかった』(碧野 圭/キノブックス)

「女性の社会進出」が政府から推進される一方で、大きな矛盾点も露になりつつある。つまり、「働く女性像」のほとんどが「男性社会で男性のように働く女性」を前提としていることだ。実際のところ、女性を受け入れる体制が整っていない職場で、男性と火花を散らしながら働く将来が「女性の社会進出」といえるのだろうか。そして、どうすれば女性にとって理想的な職場は生まれるのだろう。

『駒子さんは出世なんてしたくなかった』(碧野 圭/キノブックス)は出版社で働く42歳、水上駒子を主人公に「働く女性」を考え直していく小説である。作者も女性であり出版社勤務の経験があるだけに、ビジネスウーマンのリアルな本音をのぞける内容だ。そして、家庭と仕事の両立に四苦八苦している女性読者は胸のすくような思いがするだろう。

 駒子はカメラマンの夫と高校生になったばかりの息子に囲まれて、それなりに平和な家庭生活を送っている。夫は実質上の専業主夫として、会社勤めに忙しい駒子を支えてくれていた。駒子は出版社の管理課で、ノルマや派閥争いとは無縁の毎日。平凡ではあるが、現状には満足していたはずだったのだが…

 ある日、駒子は昇進を告げられる。同期の岡村とともに、新規事業部の次長を任されたのだ。しかも、岡村との仕事ぶりを比較し、優秀だった方を部長に昇進させるという。岡村は仕事第一で女を使うことも躊躇わないタイプだ。社会人として、同性として真逆の岡村と、駒子は上手くやっていく自信がない。案の定、異動してすぐ岡村に仕事で先を越され、駒子は落ち込んでしまう。

 厄介事は重なる。駒子の部下になったのは文化事業として俳句雑誌に携わってきた年上の男性社員たち。女性の上司への敵意を隠そうともしない。駒子から真っ当な叱責を受けたときでさえ、頭を下げられずに開き直ってくる始末だ。そのうえ、駒子が社内で「名誉男性」と呼ばれているとの噂まで耳に入ってくる。かつて南アフリカで日本人が「名誉白人」と呼ばれていたことに絡めた皮肉である。男性社会で認められ、キャリアアップを果たした駒子へのやっかみはあまりにも大きかった。

 当の駒子は好きで出世したわけでもないし、男性社会で競争をしたいわけでもない。そんなことより、職場復帰をしてからすれ違うようになった夫や、学校生活が上手くいっていないらしい息子が気にかかる。しかし、男性中心の会社にいる以上、周囲は否応なく駒子に「男性社会での立ち居振る舞い」を求めてくる。情報通の先輩、結理が駒子に警告した内容がなかなかシビアだ。男性社会の理不尽さを的確に言い当てている。

自分たちは女性の力を評価しているから、女性も重要ポストにつけるのですよ、自分たちは理解のある人間ですよっていうポーズを取りたいのよ。そうして出世した女たちは、実力ではなく、有力な男の後ろ盾だってことがわかっているから、彼らに媚びるのよ。

 男性たちの打算を見透かしたうえで、それでもチャンスをものにしようと奮闘する岡村を「理想の女性像」と考える読者もいるだろう。しかし、大半の女性は駒子のように、私生活と仕事の両立に悩みながら、すべてを仕事に捧げられない事情があるのではないだろうか。やがて、駒子の考えは自分だけではなく、会社にいるすべての女性社員、何らかの問題があって会社から戦力として扱われていない社員へと向けられていく。

 男性社会が生んだ厳しい出世コースを勝ち抜くだけが「働く」ことではない。「強い男」のように振る舞わなくても、会社員にはそれぞれの得意分野で成し遂げられる仕事があるはずだ。男性たちが主導する「女性の社会進出」に違和感を覚えた人たちに、大切な価値観を気づかせてくれる一冊として、本作はおすすめである。

文=石塚就一