さまざまな「密室」と「隠蔽」を暴く、松本清張作品の「本当の読み方」

文芸・カルチャー

公開日:2018/5/8

松本清張「隠蔽と暴露」の作家』(高橋敏夫/集英社)

 どこにでも「密室」はある。これは物理的な意味ではなく、中で何が起こっているのか、外部に漏れることのない「隠蔽された状況」のことだ。例えば政界。最近では陸上自衛隊のイラク日報や、森友・加計問題など、国民の疑念が向けられておりながら、明らかにならない「密室」が多くある。

 政界だけではなく、官界、経済界――。または外交、原子力発電、戦争…「密室」は、私たちの生活を脅かす可能性を大いに含みながらも、本来あるべき「正しい情報」を巧みに隠し、その「隠蔽」の事実すら国民に気づかせずに存在している。

 そのような「密室」を、自らの物語を通して「暴露」し続けたのが、松本清張という大作家だった。『松本清張「隠蔽と暴露」の作家』(高橋敏夫/集英社)は、社会や国家によって隠された出来事に対し、読者に「なぜそうなったのか?」という「疑問」を生じさせる、松本清張作品が仕掛けた「試み」について書かれた1冊である。

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■清張作品が糾弾するのは、悪事そのものでなく「隠蔽」する人のはたらき

 松本清張(1909~1992年)は、超人的な数の作品を残した「社会派ミステリー小説」の大家だ。『砂の器』『黒革の手帖』『けものみち』など、ドラマ化された作品も数多く、従来のミステリー小説に多かった「犯罪手段と謎解き」を楽しむのではなく、犯罪の「動機」、そこに付随する人間の「業(ごう)」や「感情」を丹念に描いている。

 清張は、政財界の汚職や国家規模のたくらみ、戦争に関する機密保護、国家間の密約や政治的謀略、または個人レベルの暗い感情まで、さまざまな「密室」を暴露し、それを静かに告発し続けた。

 本書はそういった清張作品の「読み方」を考察し、改めて「疑う」ことの重要性を説いている。「数ある清張作品の中で、自分の興味のある作品について知りたい」という目的で本書を手に取るのもいいが、さらに本書によって、真に清張が「表現したかったこと」の理解を深めてほしいと思う。

 私は本書を読むまで、清張作品について「人間の暗部を描き、社会的な問題を扱う小説」くらいの認識しか持っていなかったのだが、もう一歩進んだ読み方が必要だったことに気づかされた。

■「隠蔽」「密室」の動きはフィクションの中だけではない

「隠蔽」の事実に気づき、「どうして?」「なぜ?」という姿勢を持つこと。そのスタンスがなぜ今、必要なのか。本書があえて「過去」の作家・松本清張に再び注目しているのは、現在の社会情勢が、「戦後」から「新たな戦争」へと突き進む「おそれ」を含んでいるからであるという。

 国民ひとりひとりが、巨大権力のつくる「密室」に対して、「よく分からない」「興味ない」ではなく、「なぜ?」と疑問を持っていなければ、「取り返しのつかない未来」になってしまうかもしれない。

 私自身も「憲法改正とか政治のことはよく分からないし、プロ(政治家)に任せておこう」と、なんとなく受け身でいることが多かったのだが、その姿勢を改めようと思う。もちろん、私ひとりの力で解決できることはないが、少なくとも「なぜそうなるのか?」という「監察」の目を持っていなければならないと、強く感じた。

 松本清張作品が好きだという方だけではなく、この社会の「密室感」に、つかみどころのない不安を抱いている方にはぜひ読んで頂きたい1冊だ。

文=雨野裾