危険すぎてテキサス州の刑務所では禁書に…メキシコで最も危険な麻薬カルテルに暗殺者として雇われていた少年の話

社会

2018/5/12

『ウルフ・ボーイズ ―二人のアメリカ人少年とメキシコで最も危険な麻薬カルテル―』(ダン・スレーター:著、堀江里美:訳/青土社)

 2006年、テキサス州でティーンエイジャーが逮捕され全米に衝撃が走った。彼らはアメリカ人でありながら、メキシコで最も危険といわれる麻薬カルテルに暗殺者として雇われていたのだ。数十人を殺したという彼らは、実質的な終身刑となった。なぜ彼らはカルテルの世界に足を踏み入れ、暗殺者になったのか? 元ウォール・ストリート・ジャーナル記者が徹底的な取材の末に書きあげたのが、本書『ウルフ・ボーイズ ―二人のアメリカ人少年とメキシコで最も危険な麻薬カルテル―』(ダン・スレーター:著、堀江里美:訳/青土社)だ。アメリカではすでに映画化が進められており、犯罪の詳細な描写からテキサス州の刑務所では禁書になったという、話題の一冊である。

 1994年に発効したNAFTA(北米自由貿易協定)により、アメリカ―メキシコ間の貿易量は格段に増えた。その影響を受けたのが、アメリカで1、2を争う貧しい都市といわれたテキサス州ラレドである。人口が倍増し、物流会社が多く集積し、毎週何万台ものトラックがメキシコとの間を行き交った。トラックに積まれた柑橘類、サングラス、スパイス瓶――無数の商品にまぎれて、麻薬もどんどん運ばれていった。貿易の新体制は、麻薬密輸にも影響を与えたのだ。

 大量のトラックがごうごうと走るかたわら、ラレドの貧困地区は相変わらず貧困のままだった。アメリカ最大の密輸ルートである35号線の近くに暮らすガブリエルは、学校へ行くまでに麻薬密輸業者や不法移民とすれ違うのが日常だった。中学校で優秀な成績をとり、フットボールではクォーターバックを務め、弁護士になることを夢見る、そんな「エネルギーの行き着く先が必ずしも刑務所ではない、珍しいタイプの若者」だったガブリエル。彼は期待に胸躍らせて入った高校フットボールの世界で拒絶されたことをきっかけに、ストリートギャングと行動をともにするようになった。大量の麻薬が通過するラレドでは、行き当たりばったりにストリートへ飛び出した少年が、密輸業者やカルテルとつながりを持つまでにそう時間はかからなかった。

 麻薬やカルテルをめぐる映画、ドラマ、書籍は数多くある。そこで注目を集めてきたのは、麻薬王の豪勢な暮らしやショッキングな暴力、残虐行為の数々だった。しかし本書は、国境地帯の貧困地区に生まれた少年が、いかに麻薬カルテルに巻き込まれていったかを彼らの視点から描き出した一冊だ。事実を徹底的に取材したため、目を覆うような残酷なシーンも多々ある。麻薬カルテルの新人研修で行われる殺人、ターゲットの遺体を灰になるまで焼き尽くす、あるいはトラに食べ尽くさせる幹部など――しかし本書がつきつけるのは、アメリカのティーンエイジャーたちが、麻薬カルテルの一員としてこれらの場面を目の当たりにしてきたという事実だ。著者は決して過度に扇情的に描くことなく、ガブリエルとその友人バートを絡め取っていった大きな力と、ガブリエルたちの人生や思いを明らかにしていく。

 本書には少年たちと対峙した捜査官、ロバートの足跡も記される。ロバートは麻薬関連の捜査機関で働くうち、麻薬取締をめぐる「陰と陽」に気づいた。いくら麻薬を取り締まっても、需要や供給にほとんど影響を及ぼさない。さまざまな麻薬捜査機関が、麻薬マネーを活動資金にしている。捜査機関同士、政治家同士が麻薬の利権をめぐって争う。現在の麻薬戦争は、カルテルと捜査機関、さらには政治的主体までが複雑に絡み合いながら展開されているのだ。

 NAFTA、世界同時多発テロなどのインターナショナルな政治・経済の情勢。アメリカの国家としての麻薬取締や外交政策の変容。メキシコにおける政治体制の変動や、公的機関と麻薬カルテルとの関係。これらの巨大な力が、ラレドの貧困地区や、そこで暮らし働く人々の生活を麻薬戦争に巻き込んでいく。弁護士を夢見た少年は数十人を手にかけた暗殺者となり、麻薬取締に燃える捜査官は苦悩した。メディアで喧伝される麻薬ビジネスの豪華さ、残酷さだけに目を奪われていては、この仕組みに気づけない。本書はセンセーショナルな報道の背後にある世界情勢や、現地社会の人々の生活に目を向ける必要があることを気づかせてくれる重要なノンフィクションである。

文=市村しるこ