エロを期待すると気持ちよく裏切られる!?「家出JKと26歳サラリーマン」の青春を描く、『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』

文芸・カルチャー

公開日:2018/6/2

『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』(しめさば・ぶーた/角川スニーカー文庫)

 ひげという男性を象徴する言葉と、女子高生を「拾う」という危険さを感じさせる言葉。この組み合わせにエロを期待するなというのは嘘というもので、そういう期待をもって読み進めると見事に気持ちよく裏切られる。安易な恋だ愛だ性的な関係だという展開に逃げない、絶妙な心の揺らぎを描く物語が読み手を魅了するからだ。

 サラリーマンの吉田は、5年間片想いしていた相手に告白するもバッサリと振られ、ヤケ酒の帰り道に路上に蹲る女子高生と遭遇する。「おじさん、泊めてよ」「お金もないの」「ヤらせてあげるから泊めて」……少女を部屋に入れてしまう吉田。だが、それは大人が子供を見捨てられるかという性格からの行動であり、酔いで意識が遠のく中で味噌汁が飲みたいとだけ呟き眠りに落ちる。翌朝、吉田が目にしたのは「沙優(さゆ)」と名乗る見知らぬ女子高生と、手作りの味噌汁。なし崩しにはじまる同居生活。家出JKと26歳サラリーマンの奇妙な関係がはじまった。

 しめさば『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』(KADOKAWA)は、ありふれた日常に訪れたありそうでなさそうな環境の中で、心が優しくなるほのぼのとした交流と、日常の中で自分らしく生きる事の重みを考えさせる物語だ。軽妙で読みやすい描写の巧みさも相まって読み手の共感を呼び、初出であるWEB小説投稿サイト『カクヨム』でも、高い評価を得ている。

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 また、本作は一流の恋愛小説でもある。

「無理に笑うのやめろよ」
「笑いたいときだけ笑えよ。別に、俺はお前に常にニコニコしててほしいなんて思ってねぇ」
「少なくとも、お前がいていい場所なんだよ。俺との約束さえ守ってくれれば、好きに過ごしていいんだ。だから……その、ごまかすみたいな笑い方はやめろ」

 無邪気で甘えた顔や、大人への遠慮をわきまえた作り笑いなどを使い分ける沙優に、そんなものは不要と言ってのける吉田。

数秒で、後藤さんはビールを飲みほして、「ぷは」と息を吐いた。「どう?」「良い飲みっぷりですね?」
「そういうところ、そういうところがいいの」
「同期とか、上司の前じゃあ、焼肉食べたりとかビール飲んだりとか、率先してできないの。みんな、私に『お淑やかさ』みたいなのを求めてるんだもの」

 美人・有能・巨乳と男の理想を詰め込んだような存在で、周囲の視線に応えるため食事の内容にまで気を使う後藤が、吉田の前でのみ見せる姿。

「だって私のことちゃんと叱ってくれるでしょ」
「普通ね、数回言ってダメだったら『ああこいつはダメだ』ってすぐ見限るものなんですよ。私に優しい上司だって、それは私に好かれるっていう『メリット』を求めるからそうしてくるだけであって」
「私の教育係は、吉田さんじゃないと、嫌なので」

「おっさん受け」がよい会社のアイドルてある事を自覚していて、要領良く能ある爪を隠す後輩女子社員の三島が吉田へと向ける視線。

 ただ優しいだけはなく、「この人の前ではありのままの自分を出してもいいんだ」と思わせる魅力が吉田にはあり、ドロドロの駆け引きなどとは違う、恋愛感情の爽やかさを導き出す。

 かつてトレンディードラマというジャンルが隆盛を極めた。バブルやバブル崩壊といった「当時の日常」を軸に、男女の機微や人間同士の交流を描いたドラマは同時代を生きる者に深い感銘を与え、小説や漫画からも多くの名作が生まれた。著者が描きだす日常世界からは、それらのかつての名作たちに匹敵する深みと強さを感じる。

 吉田と沙優が築いていく関係は、世代も育った環境も性別も異なる他人同士が擬似家族を形成できるのかという問いかけを内包している。本作は「孤独」や「他人との距離感」が取り沙汰される事の多い現代ならではの「新たなトレンド」を生み出すものでもある。

 6月1日に2巻が発売。面白い才能が出てきた。続きが楽しみだ。

文・榎元敦(えのもと・あつし)
ライター。ファッション誌、カルチャー誌、文芸誌などで活動。ライトノベルやWEB小説に関連する記事も多く手掛ける。