『万引き家族』是枝監督に師事した砂田麻美が書く、“末期ガンと宣告された父の死”の物語とは?

文芸・カルチャー

2018/6/14

『音のない花火』(砂田麻美/ポプラ社)

 砂田麻美という映像作家をご存じだろうか。大学在学中から映像制作に携わり、卒業後はフリーの監督助手として是枝裕和らに師事した。初監督作品は、がんを患う実父の死を撮ったドキュメンタリー映画『エンディングノート』。プロデューサーに是枝氏を迎え、「家族の死」という重いテーマを、本当の家族ならではのあたたかさ、ユーモアあふれるタッチで描き出し、ドキュメンタリー作品としては異例のヒットを記録した。

 その『エンディングノート』から生まれた、もうひとつの物語がある。砂田氏にとって処女作となった長編小説『音のない花火』(ポプラ社)だ。2作目となる『一瞬の雲の切れ間に』(ポプラ社)でも、ラストで圧倒的な光景を見せて絶賛された砂田氏だが、今回、待望の文庫化となる『音のない花火』でも、芸術だけが届く暗闇の底へと、光をもって分け入ろうとしている。

『音のない花火』の主人公・しぐさは、テレビ番組の制作会社で働く29歳。父は末期がんを宣告されているが、しぐさ自身は、近い将来父が死ぬという事実をうまく受け入れられずにいる。

 そんなしぐさの思いとは裏腹に、父は変わらず明るかった。職場のあった界隈で、遅くまで人と飲んでいる。孫たちとのドクターごっこでおどけてみせる。入院前日、家族揃って外食に行く。しかし、いくら実感が伴わなくとも、死別のときは刻々と迫っていた。死はたしかに、そこにある。旅先の高層ビルで、父と防音ガラスの向こうに見た、音のない花火のように。

 砂田氏の小説作品に共通するのは、美しく映像的な情景描写、そして、ありのままの人間を映す実直な視点だ。それゆえに、しっかりと地に足のついたラストシーンに救いを見たとき、わたしたちは深く感嘆せずにはいられない。

 人は強い。死んだからといって、消えてしまうようなものじゃない。そう思わせてくれる芸術があるからこそ、人生が確実に死に向かう下り坂だとしても、人は、前を向いて歩いてゆけるのだ。

文=三田ゆき