「おばさん」と「ババア」の境目はどこ?

暮らし

2018/6/13

『ババア★レッスン』(安彦麻理絵/光文社)

 かつて女性たちにとって、30歳はひとつの区切りとして考えられていた。「アラサー」という言葉が生まれたのは、そうした事象をとらえていると思う。女性たちは20代後半になりアラウンド・サーティーに差し掛かると、カウントダウンを始める。30までに結婚して子どもが欲しい。そう思って、必死に結婚相手を探したものだ。

 ところが現在、30そこそこの女性は若くて美しい。キャリア的にもようやくおもしろくなってきた時期にあたり、当人たちもまだまだ「おばさん」と呼ばれるような年齢になったとは思っていないし、周りもそう思っている。実際にはアラサーを過ぎても、アラフォー、アラフィフと次のステージが待っているのだが。女性はいつから「おばさん」になるのか。その答えのひとつとして『ババア★レッスン』(安彦麻理絵/光文社)は参考になるかもしれない。

 本書は女性にとってはありがたくない「ババア」について書かれたエッセイである。著者は女性の生態を赤裸々に描写する作風で人気を博した漫画家であり、エッセイスト。若くはない女性を表現するには「おばさん」よりも「ババア」の方が好ましいという。

 なぜなら、「おばさん」は世間体や常識を気にするつまらなそうなイメージがあるが、「ババア」はそうしたことに振り回されず、何か人間的なおもしろみや自由さを感じるからだそうだ。わたし自身も若くはない年齢に突入した。他人から見て、おばさんやババアと言われるような外見はしていないつもりだが、すでにお姉さんではない。年をとることを肯定的にとらえるにはどうすればよいのか、そのヒントを得られるのが本書である。

 個人的に興味をひかれたのは、著者がテレビで見たという40代の美魔女のくだりだ。その女性は40代には見えないほど本当にキレイだったらしい。番組では芸人と美魔女の食レポシーンがあった。だが、残念なことに美魔女は何を食べても感想が「おいしいです~☆」の一点張りだったという。

 年をとればみな平等に汚くなっていく。著者は「汚いババアよりはキレイなババアの方がいいに決まっている」としながらも、「美魔女的キレイはその年齢に見えないというビックリ人間的キレイさ」であり、10代の女の子にしか許されないような受け答えしかできない中身では、非常に残念だと書いている。見た目が異様にキレイだった分、中身の残念さも際立ってしまったというエピソードである。

 女性が年齢を経て見た目で勝負できなくなったときに、いかに魅力的でいられるか。この点についてハッとしたのは、著者の20年以上カナダに住んでいる友人のエピソードである。彼女はネットで日本のニュースをたまに読むことがあるそうで、日本の「アラサー」とか「アラフォー」などの年齢で区切る感覚が分からないらしい。たとえ日本人でも、異国での生活が長くなると外国人だ。

 日本では、年齢だけでなく独身か、既婚か、子どもがいるかどうかで住み分けがおこなわれる。他の国はどうか分からない。少なくともカナダに住んでいる著者の友人の周囲では、そうした属性で住み分けをする日本人の感覚はめんどうくさいものらしい。そして、いくつになっても恋や性といったものと関わり続けるという。

 日本では、ある程度の年齢になったら枯れるべき、色恋に走るのはキモチワルイと考える人が多いと思う。平均寿命が50、60の時代であればそれでもよかったかもしれない。しかし、今や人生100年時代。おしゃれを楽しみたいとか、異性から素敵と言われたいという欲求は持ち続けていた方が、人生は絶対に楽しい。

 女性はみな、いつか必ず肉体的にはおばさんになる。どんなにアンチエイジングを頑張っても。けれど、精神的におばさんになるかどうかは自分次第だ。「おばさん」を定義するなら欲望や煩悩を捨てて人生を降りてしまった人のこと、「ババア」はあきらめていない人ということができるかもしれない。年をとるという事実を変えられないなら、ババアになるのは有効なライフハックといえるだろう。

文=いづつえり