【第160回直木賞受賞】2018年エンタメ小説界の大本命! 沖縄の戦後と“革命”をソウルフルに描いた真藤順丈『宝島』

文芸・カルチャー

更新日:2019/1/16

『宝島』(真藤順丈/講談社)

 2008年にダ・ヴィンチ文学賞などを受賞してデビューした真藤順丈は、今年ちょうどデビュー10周年を迎える。その間に上梓した小説は(ノベライズを除くと)11冊。決して量産型の作家とはいえないが、『畦と銃』『夜の淵をひと廻り』など独創的なアイデアと文体によって紡がれる重厚な物語世界は、いずれも高い評価を受けてきた。

 そして待望の新作『宝島』(真藤順丈/講談社)が発売された。文芸評論家・池上冬樹がツイッターや書評で激賞、担当編集者が「本作が読者の胸に届かなければ、私は編集者をクビになってもいい」とコメントを発表するなど、発売前から注目を集めていた作品だ。果たしてどんな小説なのか。まずは簡単にあらすじを紹介しておこう。

 タイトルの『宝島』とは沖縄のこと。戦後間もない1952年、沖縄・コザ。当時この地には、アメリカ軍の施設から食料や衣類、薬などを盗み出す「戦果アギヤー 」と呼ばれる者たちがいた。なかでも20歳の「オンちゃん」は、アメリカ軍を相手に連戦連勝してきたすご腕の戦果アギャー。盗んできたものを貧しい人々に分け与え、コザの町では英雄として皆に慕われている。

advertisement

 その夏、オンちゃんが弟のレイ、友人のグスクらと計画したのは、嘉手納空軍基地への侵入だった。キャンプ・カデナといえば四方をフェンスで覆われ、厳重な警備体制が敷かれた極東最大の軍事基地。入念な下見をくり返し、基地に忍び込んだまではよかったのだが、帰り道、アメリカ兵に見つかって情け容赦ない銃弾を浴びることになる。

 命からがら基地から逃げだしたレイとグスク。しかしオンちゃんの姿が見当たらない。恋人ヤマコの家にも、留置所にも病院にも現れない。そう、キャンプ・カデナ侵入の夜を境に、我らが英雄オンちゃんは忽然と姿を消してしまったのだ。

 本書は〈英雄の失踪〉という謎を中心点に、1950年代から70年代までの沖縄史を壮大なスケールで描ききった、叙事詩的エンターテインメントだ。オンちゃんの影を胸に抱えながら、それぞれの立場で大人になってゆくレイやグスク。ある者は裏社会へ身を投じ、またある者は警察官や教員に。繁栄を続けるコザの町でたくましく生きてゆく彼らを、歴史の大渦は否応なしに呑みこんでゆく――。

 戦後の沖縄に「戦果アギヤー」と呼ばれる人たちがいたことを、本書によって初めて知らされた。他にもアメリカ兵による凶悪犯罪や、それに対抗する形で起こったコザ暴動、沖縄返還運動の高まりなど、昭和史のトピックが巧みに盛りこまれているが、予備知識は一切必要なし。多彩なキャラクターが織りなすソウルフルな人間ドラマは、大音量で音楽を聴いているような快楽があった。沖縄方言を多用した、変幻自在の語り口も魅力的で、540ページもの大長編を一気に読まされてしまう。この物語にひたっていた数日間、わたしの心は確かにコザに飛んでいた。

 本書『宝島』は真藤順丈の新たな代表作にして、今年のエンタメ小説界の台風の目だ。当然、各種ランキングや文学賞に取り上げられるのは必至だろうが、物語の力で戦後史に挑んだ傑作として、世代を超えて読みつがれてほしい。沖縄の人々が守り続けてきた「宝」とは何なのか、ぜひその目で確かめてほしい。

文=朝宮運河