母の暴言・暴力から逃れるため17歳で家出…ゲイのマンガ家・歌川たいじ氏が描く毒母との愛憎劇

暮らし

更新日:2018/6/28

『新版 母さんがどんなに僕を嫌いでも』(歌川たいじ/KADOKAWA)

 自分の心を傷つけた親と心から向き合うには、どうしたらいいのだろう。毒親育ちの方が抱いてしまうこの悩みにそっと救いの手を差し伸べてくれるのが、ゲイのマンガ家・歌川たいじ氏が自分の母親との関係を包み隠さず描いた『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(KADOKAWA)である。

 歌川氏はリクルート社員時代に全国紙の一面を使った広告で、ゲイであることをカミングアウト。同性のパートナーや友人・同僚たちとの日常を描いた彼のブログ「♂♂ゲイです、ほぼ夫婦です」も大きな話題となった。

 そんな彼は父親が営んでいた業平橋駅近くの町工場で生まれ育ったが、幼い頃に両親が離婚し、母から暴言・暴力を受けるようになった。母親の暴力から逃れるため、歌川氏は17歳で家出をし、自分の人生を生きようとしたが、いくら母と疎遠になっても頭と心に焼き付いてしまった辛い記憶からは逃げられず、自信が持てない日々を送っていた。

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 舞台オーディションに合格し、見事準主役を演じきったり、一流企業でトップ営業マンの仲間入りを果たしたりしても、影法師のようにまとわりつく過去が、彼の心に芽生えた自信や希望を叩き潰す。しかし、周りの優しさに触れ、自分自身にも母親と似た欠点があると気づいた歌川氏はそれを機に、徐々に母との関係を再構築していけるようになったという。

 親から虐待を受けていると自分のことを嫌いになってしまうのと同時に、親に対して強い恨みを抱いてしまう。それはごくごく自然なことだ。けれど、親を恨み続けることで逆に自分自身が感じる心の痛みが増えてしまってはいないだろうか。また、負のエネルギーを周囲や自分、社会へぶつけることに力を注いでしまい、身近な人の優しさを見過ごしてしまってはいないだろうか。

 自分自身の良さはなかなか自分では見つけられないものだが、周りの人に発見してもらい、人生に自信が持てるようになることはある。実際に歌川氏も虐待の傷跡を受け止めてくれる友達や親代わりとしてかわいがってくれた町工場の従業員・ばあちゃんの優しさを受け、少しずつ自分の人生を歩めるようになっていった。

親や自分を憎んだりしているのが、本当のうたぐわなの?そのもっと奥に本当の自分がいるんじゃないの?

 歌川氏が友達から貰ったこの言葉は、生きづらさを抱えている毒親育ちの人の心に深く刺さるのではないだろうか。

 虐待は心と体に忘れられない傷を残す。その傷は自分ひとりで乗り越えるのは難しい。しかし、誰かの力を借りれば乗り越えられることもある。辛い記憶や悲しい体験は誰かと分け合うことで、少しずつ過去にしていけるのだ。

 人は寄り添い合わなければ、生きてはいけない。――そう語る歌川氏が十数年ぶりに母親と向き合ったラストシーンは涙なしでは読めない。自分には価値がないと思っている方はぜひ本書で歌川氏の人生に触れ、自分らしい道を歩むきっかけを得てほしい。

文=古川諭香