「スパイ求む!」その職務にふさわしい人材とは? 歴史のウラで暗躍してきた諜報活動のドラマ

社会

2018/7/10

『英国スパイ物語』(川成洋/中央公論新社)

 すでに社会人としてバリバリと働いている人も、これから就職をと考えている学生さんも、「仕事とは何なのだろう?」と考えることは多いのではないだろうか。少し現実問題から逃避して歴史に目を移してみると、人類の歴史で最初に始まった職業は、諸説あるものの、“売春”または“国王”という説が有力なようだ。では2番目に古いのは? というと、不動なのが“スパイ”だ。スパイの歴史は人類の歴史とほぼ同じだという。戦争や民族移動といった歴史的大事件の裏には、スパイ活動が不可欠だったからだ。

 スパイというと『007』シリーズや数々の映画を連想する人も多いだろう。ここで紹介する『英国スパイ物語』(川成洋/中央公論新社)は、その007が活躍するお膝元である英国が輩出してきたスパイたちの人物像や、2度にわたる世界大戦時を中心に行われた、英国の情報機関の暗躍に迫っている。

■どんな人がスパイになるの?

スパイになると何をするの?

“MI5”や“MI6”という名称を聞いたことがあるだろうか。どちらも英国の情報機関で、位置づけはこう分かれている。

MI5:国内の防諜を担当する諜報機関
MI6:海外の英国人スパイを統括する、海外秘密情報機関

 これらの機関は、スパイとして任務を遂行する人材を、どうやって集めてきたのだろう。職業柄、新聞や雑誌に「スパイ求む!」という求人広告を出す訳にもいかない。本書に登場する実在したスパイたちの人物像をまとめてみると、概ねこのような感じだ。

・名家または富裕層の生まれ
・名門校(オックスフォード大学、ケンブリッジ大学、パブリックスクールのイートン校など)出身
・語学力堪能

 そしてその採用は、情報機関が「これは」という人材を見つけ出すと、直接リクルーティングしていたようだ。

 第一次世界大戦が始まった1910年代当時、諜報活動はある意味で「高級な冒険」だと思われていたのと、活動する初期からある程度の教養が身についている事が必要だったため、このようなハイスペックな人材が集められたのだろう。一旦スパイとして採用されると、そこから基本訓練を受け、任地に赴いた。ただ、訓練といっても、当時のスパイの正式道具は、手紙に諜報内容を書くための“あぶり出しインク”のみで、このインクの使い方を教わる程度だったという。諜報内容の通信方法については、その後次第に暗号化が進み、当時の敵国であったドイツとの激しい暗号解読合戦が繰り広げられた。

 また、諜報活動では“二重スパイ”も存在した。英国所属のスパイが、身分を偽って敵国側のスパイとして活動し、わざと英国の偽情報を敵国内で流したり、そうやって敵国での諜報活動で得た情報を英国にフィードバックしたりするものだ。偽情報だとはばれず、かつ一見説得力のあるようなギリギリの情報を使うなど、常に「見抜かれてしまうかもしれない」というリスクを案じながらの任務遂行は、並大抵の精神力では務まらなかっただろう。

■今でも歴史の舞台裏にあるものは――


 本書では、本来だと表舞台に登場することのないスパイたちの素顔やヴェールに覆われてきた活動内容が、本人の顔写真なども添えて紹介されており、歴史の裏で行われてきた熾烈な情報戦の様子が、生々しく伝わってくる。

 IT化が進み、瞬時に世界中の情報が得られる現代とは違い、限られた手段での諜報活動、すなわち相手の人間から情報をかすめ取る仕事は、教養や語学力だけではなく、相当な「人間力」が必要だったのではないだろうか。表舞台でも裏街道でも、歴史を作っているのは結局人なのだと痛感する。

 諜報活動は英国だけではなく、世界各国、もちろん日本でも行われているだろう。どのような活動が行われているのだろうか、そして活動内容にお国柄が反映されることはあるのだろうか、その興味は尽きない。あなたも本書を読む事で、さまざまな好奇心が刺激されるだろう。

文=水野さちえ