始まりはたわいもない文通。ジンバブエの貧しい少年とアメリカの少女が起こした心温まる奇跡の実話

社会

公開日:2018/7/13

『かならずお返事書くからね』(ケイトリン・アリフィレンカ、マーティン・ギャンダ:著、リズ・ウェルチ:編、大浦千鶴子:訳/PHP研究所)

 子どもの頃、“人間は平等である”と教えられたことがある人は多いだろう。しかし、いざ大人になってみると本当に世の中は平等と言えるのか疑念を抱くことは少なくない。実際に、生まれた時の境遇や育ちの環境などによって差が生じることは否めないし、生まれる境遇を自ら選ぶことができないのも現実だ。中には、境遇を変えるためのチャンスすら平等に与えられていないことさえある。

 しかし、そんな世の中でも希望を持てるようなできごとが実際に起きた。『かならずお返事書くからね』(ケイトリン・アリフィレンカ、マーティン・ギャンダ:著、リズ・ウェルチ:編、大浦千鶴子:訳/PHP研究所)は、学校の課題として始めた文通が、貧しいひとりの少年の人生を大きく変えた感動の実話が描かれた本だ。

 この奇跡の物語の主人公となるのが、アフリカ南部のジンバブエに住む14歳の少年・マーティンとアメリカ人の12歳の少女・ケイトリンである。

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 マーティンが住むジンバブエは、不安定な経済のもとで多くの国民が貧困に苦しむ世界最貧国のひとつ。中学校を出ていない両親を持つマーティンは、ひと間だけの部屋の真ん中にカーテンをかけて他人と暮らす貧素な部屋で生まれた。

 仕事のために村を出た父親を追うように家族で引っ越し、あらたに住んだ場所は“スラム”と呼ばれるところ。夜になると家で唯一の家具であるマットレスに両親が寝て、日中は鍋などを置いているところに幼い妹弟が寝る。そして、マーティンと2人の兄弟はその横のコンクリートの上で寝る生活だ。学校が大好きで成績は常にトップだが、経済的理由から進学どころか通学を続けることすら難しくなっている現状に思い悩んでいる。

 一方、ケイトリンが住むアメリカはいわずと知れた世界の経済大国。家族には政府のエネルギー契約を仕事とする父、病院事務長をしていた母、大学生の兄に1匹の犬がいて、父、母、兄はひとりずつ車を所有している。

 そして、ケイトリンは自分の部屋を持つ好奇心旺盛な女の子。目下の悩みは友達との人間関係やクラスメートの男の子との恋という、まさに青春真っただ中のティーンエイジャーなのである。

 そんなまったく異なった環境で育った2人がアメリカの授業の一環で行われたペンパル・プログラムにより文通を始める。

 お互いの顔を見せ合いたいという気軽な気持ちでケイトリンが送った家族との日常写真は、写真を撮るという行為すら贅沢なジンバブエで暮らすマーティンにさまざまな衝撃を与える。お城のようなケイトリンの家、自分の身近では誰も持つことのない車を3台も持つ環境、ケイトリンと一緒にベッドで横になる犬の姿。痩せこけて外で寝るのが当たり前なジンバブエの犬には考えられないようなアメリカの犬の暮らしにさえ度肝を抜かれるのである。

 文通を始めた当初、マーティンは、自分が貧困家庭にいることが2人の関係に影響を与えることを恐れて真実を伝えられずにいる。そのため、ケイトリンはジンバブエの現状やマーティンが実際にどのような暮らしをしているのかを知らない。ケイトリンに自分の写真を送るためにマーティンがどれだけ奮闘したか。ケイトリンがアメリカの紙幣を見せてあげたいと手紙に同封したお小遣いの1ドル札がジンバブエではどれだけの価値を持つものなのか。

 しかし、ある日、マーティンからの返事が途絶えたとき、ケイトリンはどうにもならない不安に襲われ、初めて子どもながらにマーティンの状況に気づき始めるのだ。

 何度も文通を重ねるうちにかけがえのない存在となったマーティンの現状と思いを知り、立ち上がるケイトリン。そして、そのマーティンへの熱い思いと行動により運命は誰も予想しなかった思わぬ方向に動き出すのである。

 本書を書いたのは、大人になった今でもなお、お互いを大切に思うマーティンとケイトリン本人たち。当時を振り返り、その時々の思いを交互にそれぞれの言葉で綴っているため、読んでいるととてもリアルにその情景が伝わってくる。

 どうにもならないような大きな貧富の差という厳しい現実がありながら、遠い地で心を通わし前へ進もうと奮闘する2人の子どもたち。また、その想いを支えようと行動する周囲の大人たちの姿は涙無くして読み進めることはできない。お互いを信じあい、変えられない現実を目の前にしてもそれを乗り超えようと前向きに行動する子どもたちの姿は大人もきっと勇気づけられることだろう。

文=Chika Samon