女優・橋本愛推薦! 直木賞候補作家・彩瀬まるの最新刊『不在』は、愛ゆえの盲目と呪縛にあがく女性の物語

文芸・カルチャー

2018/7/12

『不在』(彩瀬まる/KADOKAWA)

 好きな人と結ばれて幸せ、ではなく、他者に依存しないエンディングを迎えてほしいと思います。と、担当編集者から指摘を受けて、マンガ家の明日香は憤る。他者に依存? 好きな人と結ばれて、幸福になることが? 彼女は若くて苦労を知らないから、誰かに救われた経験がないからそう思うのだと。なんとも傲慢な意見だが、気持ちはわかる。愛に不足し、自己肯定感に飢えている人が、初めての恋(恋人、ではない)を手に入れたとき似た錯覚に陥ることは、しばしばある。こんなに居心地のいい、自分をまるごと受け止めてくれる相手は初めてだ、これこそが求めていた真の幸せだったのだと相手に身を委ねることは、決して悪ではない。だが、盲目的ではあると思う。小説『不在』(彩瀬まる/KADOKAWA)で描かれるのは、愛ゆえの盲目と呪縛で見えなくなってしまう自己と他者の本質だったのではないか、と読み終わった今、思う。

 明日香の両親は、父の暴力が原因で幼いころに離婚した。ところが25年間疎遠だった父が死に、遺産として明日香に土地と洋館が託される。「明日香を除く親族は屋敷に立ち入らないこと」という不可解な遺言つきで。年下の恋人・冬馬とともに屋敷の整理を始める明日香。そこには自分の知らない父の痕跡がちりばめられていた。見知らぬ女と子供の気配。2階にしばしば現れる不思議な少年。鍵の見つからないピアノ。それらに触れるうち明日香は情緒を乱していき、結婚予定の冬馬との関係もぎくしゃくしはじめる。

 著者の彩瀬まるさんは、明日香の造形の参考にしたという南Q太さんとの対談で、本作を「自分を傷つけた親に対して子どもが愛着を切るために感情を整理する話」と述べているが(おもしろいのでぜひ読んでほしい)、作中で明日香は父の元恋人にこんなことを言われる。「子供は、どうしようもない親でも神様みたいになっちゃうから。愛されていた自信みたいなものが欲しくてたまらない時期があるのよね」。その自信を明日香は、無意識に冬馬との関係で穴埋めしようとしていたために、関係を歪ませていくのである。

 自分の不足やコンプレックスを恋愛で埋めようとしても、たいていはろくなことにならない。無意識に、自分の穴を埋めてくれる存在として相手に価値を見出しているから、そうではない行動をとられたときに怒りがわくのだ。売れない役者である冬馬を明日香は養ってきた。自分がいるから彼は成り立っていると信じていた。だがその援助に、激励はあれど自立してほしいという願いは含まれていなかった。だから明日香は、援助を拒み、自分の力で居場所をつかもうとする彼にだんだん苛立ちはじめる。母を支配していた父と同じような傲慢さをあらわにしていく。

 支配することもまた、他者への依存だ。それに気づかぬまま“やっと見つけた恋愛というハッピーエンド”に辿りつこうとしていた自分を、編集者に見抜かれてしまうのである

「頼りない私達を一人にしない為に、慎重に絞り出すように紡がれた言葉たち。おかげで自分の大嫌いな部分を、ほんの少し愛してしまった」――本書に寄せられた女優・橋本愛さんのコメントだ。暴かれていく明日香の傲慢さは、決して褒められたものではないが、誰しも内に秘めているものでもある。足場を根底から揺るがされ、自分の本質に向き合う明日香の、無様で美しい生きざまに胸を打たれる作品である。

文=立花もも