こんなに地味な恋愛ある!? って思うのに、キュンキュン度が高すぎる!『モブ子の恋』を読むと普通の恋愛がしたくなる

マンガ

更新日:2018/7/25

モブ子の恋』(田村茜/徳間書店)

 読んでてなんだか、過去の自分の恋愛を思い出して懐かしくなった。

「群集」を意味する「mob」。日本のマンガやアニメでは、主人公と違ってスポットライトのあたらない「その他大勢」の人を指すときにモブという言葉を使うことが多い。名前すらも明かされない、物語には関与しないワンノブゼム。

 しかし、そんな「モブ」扱いされる人々にとっても、人生はあるのだ。

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 田村茜による『モブ子の恋』(徳間書店)は、ずっと片隅で脇役のように生きてきた主人公・田中信子の初恋を描いた漫画だ。

 中肉中背、特別かわいいわけではないが、ブサイクでもない、これといった特徴のない信子。そんな彼女は、大学生になって始めたアルバイト先のスーパーで、同い年の入江くんのことが気になっている。

 といっても、同じ職場で働き始めて1年、いまだに連絡先すらも知らないという距離感だ。新しくバイトで入ってきた明るい性格の安部が2人に連絡先を聞いてきたことをきっかけに、お互いの連絡先も交換することができるのだが、恋愛物語としては、あまりに進みが遅すぎると驚く。

 入江くんも入江くんで、高身長の黒髪眼鏡という点は一部の女性の人気を集めそうではあるものの、大変素朴。誰かと付き合いたいという欲求も強くなく、気遣いはできるがものすごく仕事ができるというわけでもない。正直、バイト先に一人はいるような存在で、彼自身もちょっとモブ感がある。

 そんな2人の恋愛は、特に何かハプニングが起こるわけでもなく、しかしゆっくりと確実に、前進をしていく。

 はたして、信子という存在を「モブ」だと言えるのか? という点は賛否両論あるだろう。顔が地味だったり、何の取り柄もなかったりする女の子が主人公になるというのは、ある意味少女漫画の王道だ。しかし、この漫画がそれでも「モブ子」の「恋」だと言い切れるのは、そこに描かれる恋愛が恐ろしいほどに「地味」である点にあると思う。

 この物語のときめくシーンは、どれも素朴かつ身近なものだ。バイト帰りにお腹が空いて2人でうどん屋に入ったり、帰る方向が一緒だったり。バイト先のみんなで遊びに行くのに互いに参加するのか確かめ合ったり……。これ、けっこう多くの人が、同じようなことを通してときめいたことがあるんじゃないだろうか。また、好きだという気持ちも、何か特別なことが起きたからというよりは、お互いに少しずつ同じ空間にいる中で自覚していく、とても自然なものだ。

「少女漫画」というと、どうしても「そんな王子様いないよ」なんてファンタジーとして揶揄されてしまうことが多いが、この物語にはむしろ「そういうことあるよね」というポイントの方が多く、なんだかちょっと昔の初恋なんかを思い出して懐かしくなってしまう。

 よくよく考えれば、我々一般読者のほとんどは、おそらくモブ寄りの生活を送っているはずなのだ。大金持ちのイケメン御曹司に見初められるよりも、同じバイト先で働く同僚に淡い恋心を抱いた人の方が多いはずだ。

「こんな王子様いたら最高!」とときめく少女漫画もいいが、ささやかながらも確かに存在する「こういうときってキュンキュンするよね」を味わうのもまた楽しい。いわゆる少女漫画的な画風ながらも、そこに描かれているのはかなりリアルな「恋愛」だ。そして、誰かに恋をしたり、関係が深まったりしていくことは、何もドラマチックなことがなくたって奇跡的で素敵なことなんだと思い出させてくれる。地味ながらもキュンキュン指数はかなり高めの『モブ子の恋』、気づかぬうちに2人の恋の行方が気になって仕方ない自分がいる。

文=園田菜々