出生前診断で胎児に「異常あり」。産むのか、それとも中絶してしまうのか? “命の選択”を問う『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』

出産・子育て

更新日:2018/7/20

『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』(河合香織/文藝春秋)

 女性の社会進出がすすむにつれ、増加している高齢出産。高齢出産は一般に若い頃よりリスクが高いといわれており、胎児にダウン症などの染色体異常がないかを調べる「出生前診断」を希望する人も増えている。

 ところで、診断を受けたものの、もしも胎児に「異常あり」との結果が出たら、彼女たちは一体どうするのだろうか。そのまま「産む」のか、あるいは「中絶」してしまうのか…。

「誰を殺すべきか?」と衝撃的な問いかけではじまる『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』(河合香織/文藝春秋)は、そんな「命の選択」の現在を問う渾身のノンフィクションだ。

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 2013年、北海道函館市の夫婦が産婦人科医を相手にある裁判を起こした。誤診によってダウン症児を出産(生後3ヶ月で病死)したことで1000万円の損害賠償を請求したのだ。ここで争われる「損害」とは何か? 疑問に思った著者は、夫妻に会いに北海道に向かう。本書はその裁判の行方を軸に、医療関係者、ダウン症児を育てる家族、障害者団体、旧優生保護法のもと強制不妊手術を受けさせられた方々など、さまざまな立場や意見の人々を通して重層的に「命の選択」を考えていく。

 裁判を起こした夫婦の一番の願いは「息子に謝罪してほしい」であり、「日本初のロングフルライフ訴訟」として注目を集めた。ロングフルライフ訴訟とは、医療従事者が過失を犯さなければ、重度の障害を伴う自分の出生は回避できたはずだと「子」が主体となって主張する損害賠償請求訴訟のこと。だが、現在の母体保護法では「身体的理由」か「経済的理由」による中絶しか認められていない。そのため、胎児の障害や病気を理由にした「選択的中絶」を前提にすることそのものが無効、と被告の医師・病院側から主張され、裁判は厳しいものとなった。

 実はここに大事な問題が横たわる。日本では中絶は当たり前に行われているし、実際、胎児に異常が発見された妊婦が中絶を選択するケースも少なくないが、その際の理由は実態が伴わなくても身体的または経済的理由とされているのだ。実はこの事実を原告の夫婦は知らなかったのだが、おそらく一般にもあまり知られていないのではないか。裏を返せば、こんな大原則すら把握されないまま「命の選択」が行われているということになる。

 取材に応じたある医師は「現在はあまりにも本音と建前が乖離しすぎている状態。社会的批判をおそれて議論にならないが、いまこそみんなが考えコンセンサスを作るべき」と語るように、生命倫理を問う大事な問題でありながらタブー意識が根強く、実態は見えにくく議論にもなりにくいのが現状だ。この先、出生前診断が進化しより微細な異常も発見できるようになるかもしれない。そんな中、このままなんのガイドラインも議論されず、家族や母親の決断にまかされるだけでいいのだろうか。

 無脳症の子を産んだ母親は「(子供を産む)選択ができたのは、どうやっても助かる見込みがない命だったから」と語る。重い障害を背負うが生き続けられる可能性があるという状況で、同じ答えを出していたかはわからない、とも。そして、自身がダウン症である岩本綾さんは自らの命に感謝しながら、中絶せざるを得ない親たちに対し「ダウン症として生きている命があることを忘れないで欲しい」と訴える。

 今、この瞬間にも中絶できるタイムリミットをにらみながら、必死に自分に問いかけている家族、とりわけ母親がいる。もちろん当事者にしかわからないこと、当事者にならなければ判断できないことはある。多くの取材を経た著者も何が正しいか答えが出せないままだと吐露するが、私もそれでいいのだと思う。大事なのは現状を知り、みんなの問題としてタブーの先を考えていくこと。そして、彼らがどんな選択をしても「理解」し「応援」すること。そのためにはこの本が、貴重な一歩となるだろう。

文=荒井理恵