「火星移住」が実現⁉ いま、もっとも世界をざわつかせる実業家、イーロン・マスクとは

ビジネス

公開日:2018/7/29

『イーロン・マスクの世紀』(兼松雄一郎/日本経済新聞出版社)

 タイ北部の洞窟で遭難した少年13人が、7月10日夜(現地時間)、全員救出された。救出作業が難航していることを知った、ある米国の実業家は、潜水したダイバーの協力を得てミニ潜水艦を急造。タイへ空輸し、自らも現場に行っていたことを一部のメディアが報道した。洞窟の構造からミニ潜水艦は使えなかったが、その行為は世界から称賛された。

 その実業家が、米自動車ベンチャー「テスラ社」と宇宙ロケット事業を展開する「スペースX社」を率いる、イーロン・マスク氏である。

 いま、もっとも世界をざわつかせる、マスク氏とはどんな人物なのか、それを知る絶好の教科書が『イーロン・マスクの世紀』(兼松雄一郎/日本経済新聞出版社)だ。ただし、本書は人物評伝ではない。著者で、日経新聞記者の兼松氏は、本書の内容、目的をこう表現する。

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マスクは間違いなく、米国における製造業の旗手だ。(中略)マスクの実績をその際立った個性や起業家魂といった陳腐な精神論だけに還元すべきではない。彼の突出した企業群はいかに生まれ得たのか、本書ではその背景にある構造を解説したい。

 つまり本書は、マスク氏を主人公におき、派生するさまざまなスピンオフ・ドラマにも触れる。アップル、トヨタ、Facebookのザッカーバーグ氏、トランプ大統領他、多くの時代の寵児たちが登場し、迎合や離散、反発や拮抗する。そして本書を通して、自動車・製造業界、IT・AI業界、宇宙産業界などの現状の縮図を眺め、未来予想図の一部をかいま見る。

 たとえば、一時は業務提携したマスク氏とトヨタ。しかし電気自動車(EV)に特化するマスク氏は、今ではトヨタが開発する燃料電池車に対して「燃料電池はクソ」と発言。これを受けてトヨタは、本当に家畜の糞尿(つまりクソ)由来のバイオガスから水素を取り出す戦略も打ち立てていると、本書は明かす。

 また、マスク氏とザッカーバーグ氏は、AI観を巡りこんなバトルを繰り広げる。

AIについてはかなり楽観的だ。悲観主義者たちがAIによる滅亡を語っているが、相当無責任な話だ(ザッカーバーグ氏:2017年7月フェイスブック上のネット中継で、マスク氏を念頭に置いた発言)

AIは想定しているよりはるかに賢い。長期的に進化したAIは核弾頭よりもっと危険で規制がないのはどうかしている(マスク氏:2018年3月テキサス州のイベントでの発言)

 本書には、他にもいろいろなバトルが登場する。しかし、陰湿さや嫌気は感じない。むしろ読んでいて、とてもクリエイティブな醍醐味のようなものを感じるはずだ。

 それは登場人物たちが一様に、私的な成功や利益を越えて、未来を先取りせんとするチャレンジャーたちだからであり、より良き地球環境と人々の未来のためという共通した大義に根ざしたぶつかり合いだから、なのだろう。

 本書は他にも、マスク氏の悲願でもある「火星移住計画」に関する現状や、関連したスピンオフ・ドラマも楽しめる。そのひとつに、アリゾナ大が研究施設「バイオスフィア2」(火星コロニーを想定したドーム式居住空間)で行った、2年間の実験エピソードがある。

 本書によれば、「バイオスフィア2」はミニ地球として、空気、水が循環する巨大な閉鎖空間で、一定数の動植物、細菌、土、種を詰め込んだ「まさに現代の箱舟だった」という。そこに8名が2年間暮らしたそうだ。その詳細は、ぜひ、本書でお読みいただきたい。

 世界はマスク氏に注目し、その一挙手一投足に呼応して、次々に新たな潮流やベンチャーたちが沸き立ち、SFのような未来が現実に近づきつつある。その様を著者は、マスク氏の本拠地シリコンバレーにおいて、駐在員として長年滞在する中で、まぢかに見てきたそうだ。

 そんなマスク氏を本書に登場するあるメディアは「通常の人の1年=8マスク年」だと評す。マスク氏の1年は、普通の人の8年に相当するという意味だ。これは単に忙しさを示しているのではなく、「普通の人の8倍のスピードで実績を積み重ねている」ことを表現したもの。そんなマスク氏と地球の未来に興味を持っていただけたら、ぜひ、本書でその先を探ってほしい。

文=ソラアキラ