お金はどこに消えるのか? 世の中の見方が変わる「経済のからくり」

マンガ

更新日:2018/8/10

 世界がうらやむほど日本政府の財政が健全な理由。デフレから日本が脱却するためのシンプルな方法。誰かが借金をすればするほどお金が増える経済の不思議……。

 大ヒット作『中国人嫁日記』の著者・井上純一さんの、新刊『キミのお金はどこに消えるのか』は、読めばお金と世の中の見方が変わるコミックエッセイだ。主人公の中国人嫁・月(ユエ)さんが、「次 総理大臣なる人……このマンガ読むイイジャナイ?」というほど、経済の盲点を突いた本作品の読みどころを紹介しよう。

『キミのお金はどこに消えるのか』 井上純一 KADOKAWA 1000円(税別)
大ヒットシリーズ『中国嫁日記』の著者が妻の月さんと、お金と経済に関する素朴な疑問についてとことん語り合う。雇用問題、高齢化社会、増税、金利、選挙、社会保障費用の増加、経済的弱者切り捨て、資本家と労働者の格差、中国が電子マネー大国になった理由……。知れば納得、知らなきゃ損する、経済のキホンが楽しく学べる経済コミックエッセイ。監修・飯田泰之(明治大学経済学部准教授)

 経済関連の書籍やマンガはたくさんあるが、ここまで“経済のからくり”をストレートに暴いた作品はめずらしいだろう。井上純一さんの新刊『キミのお金はどこに消えるのか』は、根拠なき思い込みや固定観念で損をしている“経済オンチ”の目からウロコが落ちる、画期的なコミックエッセイだ。

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「もともと僕も経済にはまったく関心がなくて、デフレがどういうことなのかも知らないほどでした。ところが、このマンガでもコラムを書いてもらった知り合いのアル・シャードさんに経済の話を聞いたら、驚きの連続でとても面白くて、これはもっと多くの人に知らせないと日本は大変なことになるぞ、と思ったんですね。ただ、先生が生徒に教えるように経済の話をする学習マンガほどつまらないものはないので、どうやってマンガにすればいいかさっぱりわからなかった。そんなとき、中国人の妻の月さんが、『円安のとき中国に送金するとお金減りマスよね。減った分のワタシたちのお金、誰が取りマシタか?』と聞いてきたんです。そのときはじめて、“面白い! これはマンガになる!!”と思って、『文芸カドカワ』と『note』で連載を始めたのです」

 井上さんのブログや大ヒットマンガ『中国嫁日記』で人気の月さんも典型的な経済オンチなのだが、質問や意見は鋭く、経済の本質にグイグイ迫っていくのだ。
 たとえば今、1000兆円を超えている日本政府の借金である国債は、利回りが低すぎてマイナスになったことさえあるのに、なぜ大人気で日本経済は破綻しないのか? 
 夫婦でこんな話題になったとき月さんは、「日本に有利スギデス」「なにかごまかしあるデショ!!!」「日本の国債、誰買てマスカ!」と容赦なく井上さんを問い詰める。そこで井上さんが、「国債を一番買っているのはお金をいくらでも刷れる日本銀行」と答えると、「やっぱり!!! 」日本銀行は「国の信用を日本円で買ってマス。これが『日本大丈夫』のカラクリデスヨ!」と月さん。つまり、いざとなったら借金をチャラにできる日銀と政府は同じ家計でやりくりしている夫婦のようなものだから、自分が自分に借金しているのと同じだと言い当てるのだ。

『キミのお金はどこに消えるのか』マンガコマ
『キミのお金はどこに消えるのか』マンガコマ
(c)井上純一/KADOKAWA

日本政府と日本銀行は同じ家計をやりくりしている夫婦と同じ

「月さんは勘がよくて地頭もいいんです。消費税を上げると生活が苦しくなって消費が冷え込むからデフレが続く、という話をしたときも、『税金取らなければデフレ止まるジャナイ?』といきなり結論を言われまして(笑)。でも月さんは、物価は安いほうがいいと思っているんです。多くの人は月さんと同じで、自分の目の前のことにしか関心がない。それも日本がデフレから脱却できないひとつのポイントなんです」

 月さんが言うように、日々仕事に追われてギリギリの生活費でやりくりしている庶民にとっては、日本の経済より今日スーパーで買う食品の値段のほうが重要なのだ。

「それは海外でも同じです。物価が上がってよかったと思う消費者はいなくて、緊縮財政のほうが国民の理解を得られやすいんですね。でも、このマンガを監修してくれている経済学者の飯田泰之先生によると、資本主義社会は利益を生む構造で成り立っているので、何もしなくても年に1.8%ぐらいは自然と経済成長してしまうそうです。そして理想は、年に2〜4%のインフレ状態にある経済なんですね。そういう知識がなくて、増税したから日本の経済が回復したと考える人もいるのですが、それは大きな間違いです。安倍政権が大規模な金融緩和を行って、世の中に出回るお金を増やしたから、円安になり、国内産業の需要が高まって雇用が拡大したんですよ。税金や保険料などの国民負担が増えると、使えるお金の量が減るから不景気になるのは、単純に考えればわかることなんですけどね」

 ある側面からはメリットに思えることも、経済の仕組みのひとつとして見ればデメリットになる。それが、経済の面白いところでもあり、わかりにくいところでもあるのだろう。

『キミのお金はどこに消えるのか』マンガコマ

みんながいいことをやっているつもりなのに大変なことが起きるのが経済

「経済というのは、絶対的な悪が存在しないんです。みんながいいことをやっているつもりなのに、大変なことが起きてしまうのが経済。たとえば今回のマンガでは、“消費税は悪だ”ぐらいの勢いで描いていますが、デフレ時に導入すると“悪”になる消費税もインフレ時には“善”になります。施行するタイミングや状況も大きく影響するんですね。さらに言うと、経済学には正解がありません。これが究極の答えだと明言する学派もあるそうですが、飯田さんが属している学派は違います。経済というのはもっと流動的で日々変化するふんわりしたものなので、まずは目の前の状況を少しでもよくするのが経済学、という考え方なんです」

 それはつまり、「目の前の状況を少しでもよくしたい」と考えている人のニーズに応える経済学と言い換えてもいいだろう。

『キミのお金はどこに消えるのか』マンガコマ

「ネット連載中に一番反響があったのも、現状をどう変えれば自分の賃金が上がるのかを知る経済成長の話でした。その内容を実現するためには、やはりみなさんがふんわりと経済を理解して、自分が持っているお金はすべて誰かの借金であることを意識することです。そして、日銀にお金を刷らせて金融緩和によって国民を豊かにしてくれる政治家に投票すること。お金を刷れば経済がよくなるなんて、そんな都合のいい話は詭弁に聞こえるかもしれませんが、お金というのはもともと信用を媒介するだけの仮想のもの。そういった経済の根本的な原理も、このマンガを読んで理解していただけると、世の中がもっと面白くなります」

井上純一
いのうえ・じゅんいち●小さい玩具会社「銀十字社」社長。テーブルトークRPGのデザイナー、イラストレーター、マンガ家。最近は「中国嫁日記」のジンサン。代表作スタンダードRPGシリーズ(SRS)『アルシャード』『アルシャードガイア』『天羅WAR』『ビーストバインド・トリニティ』『エンゼルギア』他多数。

 

取材・文:樺山美夏