奈良・奥吉野を舞台にした楳図かずおの民話調恐怖譚

公開日:2012/3/18

山びこ姉妹

ハード : PC/iPhone/iPad/WindowsPhone/Android 発売元 : 小学館クリエイティブ
ジャンル:コミック 購入元:eBookJapan
著者名:楳図かずお 価格:432円

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楳図かずおのコミックといえばホラーですが、本作はそんな氏の原点が垣間見える、民話調の恐怖譚です。

物語の舞台は山深いところにある静かな山村。もしかしたら、奈良育ちである作者のふるさと観がにじみ出ているのかもしれません。奈良・奥吉野の情景がやけにリアルで、たまにケモノの鳴き声がしたり、風の音がしたりする場面では、読んでいてゾワゾワと心寒さを感じるほどです。夜、真っ暗な山の中から、ナニモノかの声がか細く聞こえてくる。もうそれだけで、なにか怖いことが始まりそうで、イヤ〜な気持ちになってしまいます。

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本作は、山村の姉妹・さつきとかんな、そして東京からやってきた同級生の少女を中心に進められる、狐憑きのお話。「狐に化かされる」ことを非科学的だとして信じない都会の少女と、実際に村人が化かされた証言を集めている山村のさつきが対立しますが、意外な人物がまるで狐に憑かれたようなふるまいをして、山村の人間たちを恐怖に陥れます。

憑依は古来から人間に寄り添ってきたもので、シャーマンは神をおろしてトランス状態になりますし、預言者は憑依で神の姿を見たり声を聞いたりしたのだという見方もあるようです。現代社会に生きる私たちも、ラッキーがあるたびに憑かれます(「ツイている」は「憑いている」からきている)。

このように、憑依とは憑くものや場所・シチュエーションなどによって肯定もできれば否定もできる至極難解なもの。まして、地方では稲荷信仰において神使とされる狐の憑依。作中の登場人物たちは、「神がおりてきた」と崇める者がいれば、恐怖におののく者もいて、山村の人間関係がねじれていきます。怖いのは、やはり人間。

じつは、貸本時代の作者は、このような民話調奇譚を得意としていたとされます。リアルとファンタジーの間をただよう奇妙で生々しい恐怖が、特に若い世代にトラウマを残すこと必至です。


奥吉野の夜。月がやけに大きくて明るい。この描写、美しい? なんだか怖い?

山からなにかの鳴き声が不気味にあがる。思わず妹を抱きしめる

祖母による「おきつね様」の不思議な話が始まる

祖母の話のイメージ。顔の色と表情がコワイです

ある日、社の近くで色白の不思議な少女に出会う姉妹。その正体は… (C)楳図かずお/小学館クリエイティブ