うちのペットは本当に幸せ…? 命をめぐるドラマを描いた看取り小説

文芸・カルチャー

2018/8/20

『ペットシッターちいさなあしあと』(髙森美由紀/産業編集センター)

 ペットは心を癒してくれたり、笑顔を与えてくれたりする大切な家族。その大切な家族との向き合い方を通して命の重みを感じさせてくれるのが『ペットシッターちいさなあしあと』(産業編集センター)だ。

 本書は「読書メーター読みたい本ランキング」で1位獲得常連の髙森美由紀氏の新刊として話題となっている。髙森氏は2017年に集英社のノベル大賞を受賞され、現在、大注目中の作家だ。

 物語の舞台となる「ペットシッターちいさなあしあと」は、岩手県盛岡市でペットの看取りを行っている会社。社長の斉藤陽太(25歳)は小学生の頃に遭った交通事故により、生き物の死をにおいで感じとれるようになったため、能力を活かし、ペットの看取り会社を立ち上げた。そんな会社の従業員はフランダースの犬で号泣するほどの動物好きである柚子川栄輔と、動物の言葉が分かる小島薫だ。彼らが引き受ける看取りには、命をめぐるさまざまなドラマがある。

 たとえば、認知症になった夫・清二を介護し続けている老婦人の珠緒(78歳)は愛猫の啄木が死ぬ場面にひとりで立ち会う勇気が出ず、陽太の会社へやってきた。啄木は家の前に捨てられていたところを珠緒に保護された。どんな時でも、いつも自分たち夫婦の近くにいてくれた啄木へ寄せる珠緒の愛は強い。

 しかし珠緒は、啄木が夫の浮気相手から押し付けられた猫であったことに気づいていた。そうした事実をすべて知りながらも彼女が夫と添い続けられたのは、啄木が傍にいてくれたからだ。

そのぽっちりとした重さが、愛おしい。小さなぬくもりがしみこんできて、さざ波が立つ気持ちを落ち着かせてくれる

 苦しい状況の中で珠緒が感じたこのような気持ちに共感する飼い主は、多いはずだ。人は動物たちの優しさに救われ、希望を見いだす。動物の命は癒しだけでなく、人に生きる原動力をも与えてくれるのだ。

 そんなかけがえのない家族・啄木が死の間際に薫を通じて伝えた珠緒への最後の言葉には涙が止まらなくなる。愛され続けた啄木が伝えたかったことは何だったのかを、ぜひチェックしてみてほしい。

■我が家のペットは本当に幸せか?

 自分はペットを本当に愛せているのだろうか。本書に記されている陽太の元カノ・小林絢のエピソードを読むと、ついそんな気持ちにさせられてしまう。

 看護士である絢は15歳になるオスのブルドッグ「ピッグ」の看取りを陽太に頼んできた。ピッグはもともと、絢の親が親戚から引き取った犬であったが、見た目がブサイクで親があまり関心を示さなかったため、絢が一人暮らしをするときに連れてきた家族だった。

 絢はピッグにオーガニックのエサや低脂肪のおやつを与えたり、散歩をしっかりさせたりしている模範的な飼い主だが、ピッグの死亡推定時刻と自分が行きたいコミケの日が被っていることを知ると、陽太に「コミケへ行きたいから犬を看取ってほしい」と申し出た。なぜなら、コミケには絢が大好きなキャラクターのコスプレを完璧に着こなしている憧れの彼がいるからだ。絢は彼好みの女性になるため、整形まで行っていた。

 こう記すと、絢のことを薄情な飼い主だと思う方もいるかもしれない。しかし、ピッグ目線で語られる、彼女が整形に走った理由は心に刺さるほど痛いものだった。そんな傷ついた彼女にピッグが投げかけた絢への言葉を、静かに薫が伝えていく。

「どうしてお顔が変わっちゃったのかは分からないけれど、とにかく泣いちゃうほど痛かったのね。それに、絢ちゃん、痛い痛いって言いながら先がとんがったお靴をはくでしょう。痛いお靴なんかはかなくたっていいのよ。あたしはいつだって裸足でノープロブレムなんだから」

「絢ちゃんはあたしのほっぺにほっぺを押しつけてくれる。あたしは絢ちゃんのほっぺが大好き」

 ペットたちは、飼い主の心をよく見ているからこそ、大好きな飼い主に笑ってほしくて、時には自分の悲しい気持ちを隠してしまうこともある。

「ほっぺをくっつける回数はへったけど、絢ちゃんが元気になったらいいの」

 そう語るピッグと同じ思いをしているペットは、私たちの身近にもたくさんいるように思える。

 私たちはつい日々の忙しさに負けて、ペットや家族、まわりにいる人たちを大切に思う気持ちを忘れてしまうときがある。傍にいることが当たり前になりすぎると、命の大切さを見失ってしまうこともある。私たちは陽太のように死のにおいを感じ取ることも、薫のようにペットの言葉を聞くこともできないため、ペットの死期も最期にどんな想いを伝えたいのかも知ることができない。でも、だからこそ最期まで気持ちをくだき、心をかけることが務めなのではないだろうか。

 かわいがっていたペットの死を看取るのは辛い。そのため、中には安楽死をさせようとしたり、保健所に持ち込んだりする人もいる。だが、ペットたちが命の終わりに感じたいのは、大好きな人の温もりなのだということにこの本は気付かせてくれる。体温や存在を感じながら天国へ送り出すことはペットにできる精一杯の恩返しなのではないだろうか。大切な家族の死は「ありがとう」の心を込めながら、見送ってあげたいと思える1冊だった。

 生き物の死後や言葉がわかるという設定は、ともするとファンタジーに傾いてしまいそうだが、登場人物(動物)たちの正直で純粋な姿には何度も胸を打たれる。「命」という大きなテーマに著者ならではの優しさで真摯に迫った1冊だと思う。

文=古川諭香