人間はある程度の理性を持ったサル。経済を動かしているのは動物的な感情?

ビジネス

公開日:2018/8/1

『経済の不都合な話』(ルディー和子/日本経済新聞出版社)

 ここ最近のニュースを目にするにつけ、「自然の前に人間は無力だ」と感じた人は多いのではないだろうか。自然災害に対して、人間がある程度の備えをする事は可能だが、完全にコントロールすることは難しい。

 では、人間が行ってきた政治や経済の活動についてはどうだろう。完全にコントロールされ、予測通りに物事が起こっているだろうか。いや、そうとは言えないだろう。アメリカでは事前の予想を覆してトランプ大統領が誕生した。また、激化する競争や変化のスピードについていけなかったり、トレンドを読み違えたりしてあっけなく倒産する企業も多い。人間の考えて行った活動も、予測不能であり制御は難しい。

『経済の不都合な話』(ルディー和子/日本経済新聞出版社)は、これら人間界で起きている予測不能な現象の数々を、「人間が持つ“感情”の本来の意味を知らず、“理性”に反する動物的側面とみなした事による手痛いしっぺ返し」と表現し、さまざまな企業の事例や経済学者たちの研究をひもときながら、私たちの“感情”の正しい理解を説いた1冊だ。

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■経済成長期にはよかったものが…

 経済学の教科書通りにビジネスが進まないのはなぜだろうか。本書によると、経済理論が、「人間は“合理的経済人”である」という前提から成っているからだという。この“合理的経済人”とは、ルールや制約のもとで、できる限り最大の資源と情報を使い、利益が最大化する行動を常に選択する人、を指す。しかし、人間はいつもそんな合理的な判断や選択ができるとは限らない。一定の経済レベルが保たれ、自分だけが損をしているという不公平感が少ない時には、人間は理性的で合理的な判断ができるだろう。例えば、第二次世界大戦後の先進国では、そのような社会状況下で理性が保たれ経済が成長し、政治はある程度安定していた。

 しかし、ひとたび不況や経済格差が生じると、人間の中では理性よりも感情が先に立ち、合理的とはいえない判断をするため、予測不能な事態が起きる。そこで1980年代後半からようやく、「人間が不合理な意思決定をするのはよくあること」という前提に立った、行動経済学という学問が生まれたのだ。これは、人間が意思決定する際には論理的思考だけではなく、無意識の認知プロセスをも必要とするという研究内容であり、この行動経済学の祖とされるダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーは、もとは経済学者ではなく認知心理学者だった(カーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受賞した)。

 行動経済学のベースにある「人間の不合理な意思決定」について、本書では私たちの身近なトピックとして、「ポイントカードの“保有効果”」「ギャンブルや宝くじを買うときに利益よりも損失を強く感じる“損失回避性”」などが挙げられている。気になるその要因の詳細は、ぜひ本書を手に取って確かめてほしい。

■人間の根源的な感情を理解し、うまく付き合う

 行動経済学における無意識の認知プロセスとは“感情”に由来するものであり、本能的なものだという。太古の昔から人間のDNAに刻まれている、飢えに対する恐怖心や、自分が生き残るために他者を攻撃したりするといった心理や行動、これらが私たち現代人の意思決定や行動に今なお強い影響を与えているのだ。

 著者が語る、「人間は“ある程度の理性を持ったサル”」というフレーズは、意味が深い。私たちは、この事実を謙虚に受け止めた上で、社会全体の行動を理解しようとする必要があるだろう。社会を動かす背景にある人間の心理が、理性よりも感情重視の場合は、エビデンス(事実)よりもエピソード(ストーリー)の方が、人々に伝わりやすく、共感も得やすい。本書には、理性や感情の両方とバランスよく付き合っていくことで、不確実な時代を賢く生き抜いていくためのヒントがつまっている。本書を読んだ後に、「やれやれ、大変な時代になったものだ」と感じるか、もしくは「だから人間はおもしろい!」と感じるか、意見はさまざまに分かれるところだろう。さて、あなたはどちらだろうか。

文=水野さちえ