かつて、魔王を封印した「伝説の魔法使い」は「お母さん」になっていた

マンガ

更新日:2018/8/6

『伝説のお母さん』(かねもと/KADOKAWA)

 Twitterから始まり、瞬く間に人気となった「お母さん」の漫画がある。Webで連載していたが、多くの反響からついには書籍化することとなった。
タイトルは『伝説のお母さん』(かねもと/KADOKAWA)だ。

 この漫画の舞台はよくある「ファンタジー」の世界である。人々の生活を脅かす魔王が存在し、勇者が討伐の旅に出る。旅をサポートする仲間はシーフ、神官、拳闘士、魔法使いなどの個性豊かなパーティだった。

 魔王を封印し、旅を終え、彼らは一体どんな生活をしているのだろうか?

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 超偉大な魔法使いであった一人の女性は壮大な冒険を終えたあとに幸せな結婚をし、愛する人との子供を産み、育児に奮闘している。『伝説のお母さん』は魔王を封印し、伝説となったとある魔法使いの数年後を描いたお話だ。

 ただ、これが微笑ましい幸せな後日談ならば良かった。
おきのどくですが まおうは ふっかつしてしまいました。
物語はそこから始まる。

 魔法使いの元にはもちろん魔王討伐の依頼がやってくる。でも、愛する子どもを預けるための保育園は空いていない。待機児童を抱えて、どうやって戦えばいいのだろうか。高い能力を持った女性でも、子供を保育園に預けることがままならず、戦えないジレンマを抱えている。加えて、育児に非協力な夫。数々の壁にぶつかりながら、それでも何とか自分を奮い立たせ、戦える術はないかと模索をし続ける。ファンタジーなのに、あまりにリアルな育児の現実を描いてるのだ。

 主人公である魔法使いはとても真面目でチャーミングな性格。人々の生活を守るため、子供と家庭を守るため、自分で何でもやってしまい、世話を焼いてしまうタイプだ。現実世界でもそういうお母さんはたくさんいるだろう。そんな魔法使いの姿についつい共感してしまい、読み進めるたびに応援したくなってしまう。

 また、魔法使いを取り巻くサブキャラクターたちもとても個性的だ。家事、育児に非協力な夫(凡人)、子育てと会社員をしながら魔王討伐をすると宣言する勇者、子育てしながら新聞社で働くシーフ、男勝りの性格を気にしている未婚の拳闘士、正論すぎて嫌味な理屈を並べる神官、魔法使いの家庭を常に心配する士官、そして昔は慕ってくれていた後輩魔法使いなど。どのキャラクターも作中で名前などは語られないが、それぞれの個性で、生き生きと動いている。彼らもまた、魔法使いが抱えている苦悩を知り、世界平和と家族のためにともに戦う仲間なのだ。

 特に魔法使いの夫にも注目してほしい。伝説と呼ばれた魔法使いに比べ、平凡な能力しかない彼だが、物語に大きく関わる。魔王を討伐できる力を持つ数少ない人間が、自分の妻なのだ。多くは語られないが、彼は一体どんな気持ちだったのだろうか? 正直なところ、彼がもっと良き夫であればこの話はすぐに終わっていたのかもしれない。
だが、誰しもが最初から上手く「お父さん」をやれるわけではない。彼が家庭の大切さに気づき、家族というパーティでレベルアップしていくお話でもあるのだ。

 あくまで「ファンタジー」と「子育て」というテーマ設定だが、ゲーム好きな作者によるゲームネタの散りばめ方も秀逸である。子育てママやパパだけではなく、某RPGが好きな方にも是非読んでいただきたい内容だ。ゲーム世代、子育て世代にドンピシャで響くネタがギュッと詰め込まれている。
もしこのような子育てシミュレーションRPGがあるなら是非やってみたい。終わりがなさ過ぎて、きっと大変だと思うが。

 「伝説のおかあさん」はワーキングママと育児のほんの一部分を切り取っただけで、物語はこれからも続いていくのであろう。この作品内で、魔法使いの家族は失敗を繰り返しながらも少しずつ成長し、これからの希望を感じさせるような締めくくり方をしている。
これは伝説の魔法使いであり、家庭を守るお母さんでもある、一人の女性の戦いを記録したぼうけんのしょだ。

文=ホリアヤ