人はどうして「先延ばし」にしてしまうのか? その理由と克服法とは?

暮らし

公開日:2018/8/7

『先延ばし克服 完全メソッド』(ピーター・ルドウィグ:著、斉藤裕一:翻訳/CCCメディアハウス)

「やらなきゃなあ」とわかっていても、ついつい後回しにしてダラダラしてしまうことがある。いくら先延ばしにしたところで、いつかやる必要があるのはわかってる。でも、やるのは「今」じゃない。

 こんな言い訳でやるべきことから逃げてしまった経験は、きっと誰にもあるはずだろう。筆者自身も実はこのレビューを書くのを、相当先延ばししていた。なぜなら読むこと自体を先延ばしにしていたからだ。しかしもう先延ばしはやめた。手に取ってページをめくることにしたら、いきなりチェコ人の著者であるピーター・ルドウィグさんが九死に一生を得たエピソードから始まった。

精一杯生きたと納得して死にたい。

 生死の危機を脱したピーターさんはこう思ったと同時に、納得して死ぬことを阻む最大の敵こそが、「先延ばし」だということに気づいたそうだ。そこで先延ばしについて友人とともに研究し、先行研究にも徹底的に目を通したことで、「先延ばしとは何か」やなぜそれと戦うのか、どう戦えばいいのかを編み出した。その奥義(?)をまとめたのが、この『先延ばし克服 完全メソッド』(ピーター・ルドウィグ:著、斉藤裕一:翻訳/CCCメディアハウス)だ。

advertisement

 なんでも先送りは現代人の専売特許ではなく、古代ギリシアの詩人・ヘシオドスは

明日に延ばしてはならない
あるいは明後日に
穀物小屋をいっぱいにするのは
先延ばしをして
漫然と時間を無駄にする者たちではない
仕事は念を入れてこそうまくいく
先延ばしをする者は身を滅ぼすかもしれない

と言い、ローマ帝国の哲学者のセネカも

我々がためらい、先延ばしをして時間を無駄にしている間に人生は過ぎてしまう

と言っている。有史以来「人類あるところに先延ばしあり」なのだ。しかし「古代ギリシア人もローマ人も先延ばしをしてたんだ~へー」で話が終わったら意味がない。

 ピーターさんは「今の世界はチャンスがあふれていて、機会も増えて選択肢も広がったことで、人々は決断が難しくなってしまった。この『決断のまひ』によって行動が先送りされ、そのことが『自分の潜在的能力をフルに発揮していないという罪悪感』を生み出し、結果的にフラストレーションを抱え込んでしまうことが、先送りと深く関係がある」と説く。つまり潜在的能力をフルに活かせるようになれば、先送りから解放されるというのだ。

 そこで同書は潜在的能力を活かすための自己開発法を「モチベーション」「規律」「成果」「客観性」に分けて解説し、先送りを克服するためのノウハウを説明している。

 まず人はモチベーションが強くなればなるほど、先延ばしをしにくくなるという。確かに「やる気スイッチ」が入れば、誰でも一心不乱に頑張れるようになる。しかしピーターさんいわく、それが「外からのモチベーション」(自分の意思ではなく、義務でしなければならないもの)だと、逆に幸福感が阻害されて能力が低下してしまうおそれがあるそうだ。さらに目標を設定してそこを目指すことをモチベーションにしてしまうと、目標がクリアされても一時的な幸福感しか得られず、下手をすると目標中毒につながるおそれがあるとも言う。では正しいモチベーションとは何か。それは目標ではなく自分が望む活動そのものに的を合わせ、「今」の幸福を感じるための、

「内なる旅に基づくモチベーション」

のことだそうだ。

 ……要するに自分のビジョンを持ち、目的地(目標)ではなく「旅こそが目的」として、プロセスを目いっぱい楽しむことで、「今」の幸福感が得られる。「今」が楽しければ先延ばしどころか、何をおいてもやりたくなる。それがモチベーションなのだということを、ピーターさんは読者に伝えようとしている。

 このモチベーション以外にも、同書の中で注目すべきものがある。それは「成果」の項目で紹介されている「ハムスター」と、「未来志向」「ポジティブ過去志向」の関係だ。

 自分なりのモチベーションをもって「今」に夢中になっても、ひとたび失敗やネガティブな体験をしてしまうと、とたんに委縮して無力感でいっぱいになり、チャレンジする気力が失せてしまう。この状況をピーターさんは「ハムスター」と呼んでいる。透明な檻に入れられたハムスターは、逃げようとして天井に何度か頭を打ち付けると、その後天井の蓋が開いたとしても、もはや逃げなくなってしまうからだ。こんな「ハムスター」に変身してしまった経験は、誰しも一度ぐらいあるだろう。しかし未来志向を高めて、過去をネガティブに捉えることではなくポジティブに捉えることで、ハムスターに変身することを防げるとピーターさんは言う(それがどういうものなのかについては、ぜひ同書で確認してほしい)。

「規律」や「客観性」の項目も含めて、非常に具体的に「なぜ先延ばししてしまうのか」と「どうしたら克服できるのか」が徹底的に網羅されているので、どんな人でも自分の先延ばしパターンの原因が見えてくるだろう(ちなみに筆者の場合は目標中毒かつ、すぐにネガティブハムスターに変身してしまうことがわかった)。

 一言で「やる気がわかない」と言っても理由は人それぞれ。しかしこの本は一人ひとり違う「先延ばし」パターンのすべてに対応し、克服法を教えてくれる。ちょっとお得な1冊と言えるだろう。

文=霧隠 彩子