「自殺するくらいなら学校から逃げろ」の副作用とは? 客観的データにもとづいた「いじめ対策」

出産・子育て

2018/8/8

『いじめを生む教室 子どもを守るために知っておきたいデータと知識』(荻上チキ/PHP研究所)

「わが子がもし、いじめをうけたら…」と親なら一度は心配になる。いじめについての議論は収まらず、対策案はいくつも出されている。しかし、いじめがなくなる気配はない。なぜなのか。

 データをもとにいじめ対策を語っている本はとても少数だと嘆くのは、『いじめを生む教室 子どもを守るために知っておきたいデータと知識』(荻上チキ/PHP研究所)。本書は満を持して登場した、データをもとにした客観的いじめ対策本だ。

 どのようないじめ対策を講じるべきか。「いじめっ子を厳罰化する」「道徳教育でいじめを抑制する」というのはよく聞く対策だが、本書は、これら子どもの内面ばかりに着目した対策は「部分的かつ感情先行型」であり、効果は薄いと切り捨てる。

「自殺するくらいなら学校から逃げろ」という意見にも、半分賛成、半分批判のスタンスだ。この意見には副作用がある。

 つまり、学校から逃げた児童・生徒にはどういう手段で教育の機会が確保されるのか、という視点が抜けており、大人が「学校以外の教育オプションが充実している社会」を実現させない限り、この方法では学校から逃げた児童・生徒にとって本質的な解決にはならない。そもそも、全ての児童・生徒は安心して教育を受ける権利を持っており、日本において主要な教育の場である学校は児童・生徒にとって安全・安心な環境でなくてはならない。

「自殺するくらいなら学校から逃げろ」の副作用は、この視点がないがしろになり、教育自体が「自己責任化」されてしまいかねないことだ。本書は、あくまで緊急避難用としての方法であれば、という条件で肯定している。

「部分的かつ感情先行型」ではない、客観的データに基づくいじめ対策とは、どのようなものだろうか。本書が提案しているのは、従来の「心理的アプローチ」による対策ではなく、環境を改善するという「環境的アプローチ」による対策だ。

 そもそも、いじめと環境は強い関係を持つ。例えばいじめの発生場所について、日本では最も多いのが「教室」だが、イギリスやオランダ、ノルウェーでは「校庭」となる。日本では10分程度の休み時間は「むやみに他のクラスに行かない」「他の学年の階に行かない」「教室から出ない」といった暗黙の、または明確化されたルールがあるが、イギリス等ではルールが違う。ノルウェーでは環境的アプローチのいじめ対策として「校庭に監視員を置く」などの措置が取られるが、日本の環境には適さない。

 本書のデータから、日本における児童・生徒たちの、環境による抑圧された状況が見えてくる。

特定のメンバーと半日近く同じ空間に居続けなくてはいけない。そして、個人でできるストレス発散の選択肢が狭められている環境なのです。

 本書は、次のように分析する。過剰管理に置かれた環境で、児童・生徒たちはクラスメイトとのコミュニケーションしか許されていない状態で、ストレスを発散するために仲間をいじる、からかうという行為をとる。本書は、「そもそも、こういう行為が発生しやすい空間・環境なのだ」という視点の重要性をことさら強調している。

 本書は、データから「体罰が日常的に行われている」「過剰な生徒指導が行われている」「抑圧的な雰囲気が充満している」「同調圧力や相互監視の空気で満ちている」などいじめの起こりやすい環境を紹介し、そこから逆に、いじめが起こりにくい環境を次のように考察している。

わかりやすい授業をする

多様性に配慮する

自由度を尊重する

自尊心を与えていく

ルールを適切に共有していく

教師がストレッサーにならず、取り除く側になる

信頼を得られるようにコミュニケーションをしっかりとる

 当たり前のような内容だが、これらがいじめ対策と直結する、という認識が重要そうだ。

 家庭でできるいじめ対策も掲載されている。根拠あるいじめ対策の数々は、いじめ問題を真剣に考える読者を納得させるはずだ。

文=ルートつつみ