日本で約600人しかいない「家庭医」って? 健康への関わり方、医師との関わり方をさぐる

暮らし

公開日:2018/8/10

『ムダな通院を減らすたった1つのこと――あなたの悩みを解決する家庭医のすべて』(小坂文昭/白夜書房)

 私の奥さんが朝方に肩の痛みを訴えて近所の病院へ行き、四十肩との診断を受け鎮痛剤を処方された日の深夜、また肩が痛いと起き出して嘔吐したため、もしや心臓ではと思い救急車を呼んだ。救急隊員が受け入れ病院を選定するにあたり、片方は近くの総合病院で当直医に整形外科医がいて、もう片方は少し距離のある総合病院で循環器科の医師がいるとのことで希望を訊かれた。後者は奥さんが出産時に入院していたということもあり、その病院に向かってもらうと奥さんはあれよあれよという間に集中治療室へと入れられた。あとは病院に任せるしかやることが無くなった私が、原稿を書くために選書している中で見つけた一冊が、この『ムダな通院を減らすたった1つのこと――あなたの悩みを解決する家庭医のすべて』(小坂文昭/白夜書房)である。

 日本には30万人ほどの医師がいるとされているが、日本プライマリ・ケア連合学会が認定する「家庭医」は全国に673人(2017年10月31日現在)しかいないという。その家庭医の1人である著者は、最初に「医学知識が豊富な日本人」について述べている。素人の私が心臓疾患を疑ったのは、まさに巷にあふれる健康情報のおかげで、本書によると日本人の多くが「ピロリ菌」と聞けば「胃に関係がある」と知っているのに対して、イギリス人で分かる人は少ないという。だからこそ日本では、患者自身が診療科目を自由に選んで受診することが珍しくなく、また国の方も患者が総合病院に集中するのを防ぐ目的で、このフリーアクセス制を推奨している。

 しかし、医学知識が豊富であっても「医学的な常識が意外に知られていない」というのが著者の見解だ。著者が問題として挙げているのはマスコミの報道姿勢で、一例では「子宮頸がんワクチン」の70%だった接種率は0.7%にまで低下してしまったという。副作用の被害を訴える裁判は大きく報じるのに、後遺症との因果関係を認める研究結果は出ておらず、WHO(世界保健機構)がワクチン再開を提言していることについての報道は皆無に等しい。同時に「医師の態度」も問題としており、簡単な問診と聴診で診察を終わらせて、患者が抱えている苦しみや不安と向き合っていないことが、医療不信を招いていると指摘している。また、ワクチンに限らず薬について「医者と薬品メーカーが結託している」などと盲信してしまうのは精神科の領域となり、精神科医以外も診療は可能なのだが、国の保険制度がそうなっていない。精神科医がほどこすのに比べて、他の診療科医の場合は診療報酬が低くなってしまうのだ。

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 さて、肝心の家庭医とは何かと言うと、これらの問題を解決する専門医のことである。科目別の専門医は、患者個人やその家族に立ち入ることはしない。でも著者は、風邪で訪れた患者さんが家族を咽頭がんで亡くしていると知っていれば、自分も咽頭がんになるかもしれないと心配している気持ちを汲んで対応するし、腎盂腎炎(じんうじんえん)で訪れた患者さんの問診票にあった「夜、よく眠れません」というキーワードからDV(家庭内暴力)のヘルプサインを見つけて、病院のソーシャルワーカーとの連携も行なう。

 無事に集中治療室を出て総合病院を退院した私の奥さんは、経過観察と投薬のための病院をどうするか担当医に尋ねられ、最初に受診した病院に決めた。いわば心筋梗塞の兆候を見過ごした病院なわけで不安になるところだが、本書ではそれを「後医は名医」と呼ばれる誤解だと述べていたからだ。二人目の医師の治療で治癒すると患者さんは二人目の医師のおかげで治ったと思いがちであるものの、病気が進むことで見極められるようになるし、あとの医師の方が情報量が多いので診断しやすくなるという。現在のところ残念ながら家庭医は少ないため、せめて行きつけの病院に自分や家族の情報を蓄積してもらうんである。

文=清水銀嶺