これは「読む肝試し」! ミステリー界の巨匠・松本清張が猟奇的殺人事件に迫るノンフィクション

文芸・カルチャー

2018/8/13

『ミステリーの系譜』(松本清張/中央公論新社)

 まだまだ暑い日が続く。涼しさを求めて、冷たい果物やアイスを食べたり、プールに行ったり、エアコンの効いた部屋でゴロゴロと過ごしたり…とそれぞれの過ごし方があるだろう。人によっては一層の涼しさを求めて肝試し、なんていう人もいるかもしれない。肝試しとは妙案だと思った、そこのあなた。わざわざどこかへ足を運ぶのは不要だ。なぜなら、今からここで“読む肝試し”とでも呼ぶべき1冊、『ミステリーの系譜』(松本清張/中央公論新社)を紹介するからだ。本書は、肝試しには興味がないという人にもおすすめだ。なぜって? …ひとまずこの短い紹介文を読んでから考えて頂きたい。

■ミステリーの巨匠が綴った極上の「恐怖」

 松本清張は、言わずと知れた昭和の巨匠。『点と線』『黒革の手帖』などの数多くの有名作を遺し、日本中に推理小説ブームを引き起こした。手がけた作品はミステリー小説だけでなく、占領軍の犯罪を描いた『日本の黒い霧』をはじめ、実際にあった事件を取材したノンフィクションも多い。そのノンフィクション作品は、犯罪や事件に対する推理小説的なアプローチが特徴的だ。中でも本書は、人の抱く“恐怖”をテーマにした異色の作品と位置付けられており、大正から昭和にかけて実際に日本で起きた殺人事件をテーマにした、「闇に駆ける猟銃」「肉鍋を食う女」「二人の真犯人」の3編が収められている。

■悲惨な結末が想像できているのに、ページをめくる手が止められない

「肉鍋を食う女」というタイトルを聞いて、もしかしたらあなたは既にそれが何の肉なのか…もう想像し始めているかもしれない。丹念な取材に基づいて描かれているのが実際どのような事件だったのか、想像するだけでも背筋がぞっとするような1編だ。

 1945年に起こった事件は、要約すると実にあっけない。

「ある山村に暮らす女が、夫の連れ子を殺し、その肉を鍋にして、実子と一緒に食べたとさ」

とわずか40字程度で語れる内容なのだが、想像するのも忌々しい凄惨な事件を自宅で引き起こしたその背景にある戦後の貧困や混乱、また女や家族が生まれた時から抱えてきた、ある種の困難を支えきれなかった当時の日本社会、そして何といっても凄惨な殺人現場の描写が、淡々と、だが色を塗り重ねるように丹念に描かれている。あなたは、読む前から結果が想像できているとしても、ページを読み進めずにはいられないだろう。終盤で警察が女を追及して、「お前が連れ子を殺したんだろう!」と迫ると、女は答える。自分が犯した殺人を認めて、「●●●●●●」と言葉を吐くのだが、あまりにも場違いで無邪気な言葉は、却って恐ろしさを掻き立てるものだった。この女が何と喋ったのか? ぜひ本書を手に取り、松本清張がそれを文字でどう表現したのか、自分の目で確認してほしい。

■幽霊や怪談よりもっと怖いものがある。それは――

 収められている「二人の真犯人」は、ひとつの殺人事件に対して、それらしい自供をした犯人が2人現れ、どちらが真犯人で、どちらに裁きが下されるのかを追って描かれた作品である。ここでの裁きはすなわち死刑を意味する。ひとつ判断を誤ると、冤罪の人間を処刑してしまう可能性があるという、これもひとつの殺人ではないかという恐ろしさが含まれている。どちらが真犯人なのか、そして真犯人を明らかにするために警察や家族は何をするのか? これもぜひ本書でじっくりと味わってほしい。

 本書はいわば“読む肝試し”。涼を得られるのはもちろんのこと、読後にも治まらない恐怖感とともに思い浮かぶのは、「一番怖いのは、生きている人間だ」ということ。肝試しに出かける予定がないというそこのあなたも、どうか、くれぐれも、お気をつけて。

文=水野さちえ