ついに完結! 幕末動乱の江戸を生きる“貧乏御家人”の生き様を見よ!

文芸・カルチャー

2018/8/14

『維新始末』(上田秀人/中央公論新社)

「闕所物奉行 裏帳合」シリーズにおける「新の」完結編『維新始末』(上田秀人/中央公論新社)が、ついに発売された。(シリーズ一作目のレビュー

 時は幕末。黒船来航以降、江戸では「勤王の志士」を騙り、強請(ゆすり)や強奪を行う不逞の浪人が跋扈(ばっこ)し、民衆たちの悩みの種となっていた。その江戸に暮らす壮年の主人公・榊扇太郎(さかき・せんたろう)。今は闕所物奉行の任を辞し、貧乏御家人として、妻の朱鷺(とき)と幼い息子と、穏やかな3人暮らしだ。

 しかしある時、浅草の古着屋・天満屋に押し入り、金銭をたかろうとした浪人を斬ったことから、扇太郎は激動の時代の「波」に巻き込まれていく。斬った相手は薩摩藩に関わりのある浪人であった。予期せず扇太郎は、倒幕の先鋒となる薩摩藩と対峙してしまうのだ。

 一方、天満屋の主人であり、扇太郎の闕所物奉行時代からの顔馴染み、天満屋孝吉は、薩摩藩士の益満休之助(ますみつ・きゅうのすけ)に目を付けられる。孝吉はただの商人ではなく、浅草を仕切る「顔役」として力を握っていた。益満は、薩摩藩にとって邪魔な存在である天満屋を亡き者にしようと蠢動する。

「幕末もの」の小説は多く存在するが、本作はその動乱の様子を、江戸を舞台にして、下級武士である御家人と、市井の「小悪党」の視点から描いた、中々珍しい物語だ。薩長の志士でもなく、崇高な志があるわけでもなく、為政者でもない立場の人々が、急激な時代の「転換点」をどのようにとらえ、乗り切っていったか。それを、扇太郎という貧乏御家人を通して読むことのできる稀有の作品とも言える。

 扇太郎は、剣の腕は一流で知恵もあるのだが、完全な「いい人」ではない。「お国のため」とか、「日本国民のため」とか、そういう高潔な志に突き動かされて行動しているのではなく、自分の利益を優先する。身に振りかかる火の粉を払った結果、「活躍してしまう」ことが多いような、主人公らしくない主人公なのだ。

 守りたいのは国ではなく、自分の家族や知人であり、平穏な暮らしだけ。「幕末小説」の主人公としては、ある意味、「視野が狭い」。だが、そんな扇太郎だからこそ、読者が最も共感できる「等身大のヒーロー」になり得ているのではないだろうか。

 地位も金もないが、権力を振りかざす「上」からの理不尽な所業に打ち勝ち、身一つで自分の大切なものを守る姿に、読者は感銘を受けるのだと思う。

 また、本作は扇太郎の生き様を楽しむ娯楽小説としての一面と、「維新」とは何だったのか。どうして武士は滅んだのか。「正義」とは何なのかという、「考えさせられる」内容も含まれており、いつも以上に、本作に込められた著者の「想い」の強さを感じた。

 勤王の志士を名乗る浪人に対し、扇太郎がこんなことを言うシーンがある。

「正義を口にできるのは、神仏だけよ。人に正義はない」

 だからこそ、扇太郎は崇高な主張をしないのかもしれない。どこにも正義はないから、彼はただ、自分の暮らしを守るために、剣を取るのだ。

文=雨野裾