鬼には本当にツノがある? 科学の目で妖怪たちの正体に肉迫する

文芸・カルチャー

公開日:2018/8/19

『古生物学者、妖怪を掘る 鵺の正体、鬼の真実』(荻野慎諧/NHK出版)

 鬼、鵺、河童などの妖怪は、数多くの昔ばなしやフィクションに登場し、日本人に親しまれている。現代ではその実在を信じる人は少ないだろうが、古文書には、昔の人があたかも実際に見てきたかのように妖怪たちの姿が描かれている。彼らは、一体何を見ていたのだろうか。もちろん、完全なフィクションという場合もあるだろうが、本書『古生物学者、妖怪を掘る 鵺の正体、鬼の真実』(荻野慎諧/NHK出版)によれば、「(正体が)わからないなりに、真摯に目の前のものを描写した内容もあるはず」だという。つまり、文献では正体不明の妖怪と捉えられていても、その特徴を科学的に読み解いていけば、何らかの実在する動物である可能性を導き出せるのである。

 例えば、鵺(ぬえ)という妖怪は、『源平盛衰記』において、頭がネコやサル、背がトラ、四肢がタヌキ、尻尾がキツネのようだと記されている。著者によれば、これが“見たまま描写されたもの”だと解釈すれば、その正体は、とある“ネコ科の生物”だという仮説が生まれるのだという――。本書は、このように、昔の人々が必死に書き留めてきた未知の生物や現象を、古生物学という科学的な視点から読み解き、その正体に迫っていくものだ。鵺の他にも、鬼やヤマタノオロチなどがターゲットになっているので、その謎の一端を見てみよう。

■鬼にツノがあるのはおかしい? 本当の鬼の姿は

 鬼といえば、多くの人が頭に付いた「ツノ」をイメージすると思うが、実はこれ、生物学的にはおかしい点があるのだという。実在する生物の中で、「ツノ」のある動物を思い浮かべてみてほしい。哺乳類であればシカやウシ、昆虫であればカブトムシやクワガタムシなどが真っ先にあがるだろう。こうした動物たちには共通して“ある特徴”がある。そして、本書によればその特徴と鬼を照らし合わせてみると、鬼にツノがあるのは明らかに不自然なのだとか。それではなぜ、鬼にはツノがついているのだろうか…? その謎解きは、ぜひ本書を開いてみてほしい。

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■ヤマタノオロチの正体は…?

『古事記』や『日本書紀』に登場するヤマタノオロチは、その後描かれた浮世絵などでの表現からしても、一般的には河川の洪水を示しているという説が現代では有力だ。だが、著者は、別の見方もできるのではないかと主張する。古文書において、ヤマタノオロチの姿は、その胴体を起点に8つずつ頭と尾がのび、身体はコケのようで、赤々とした目を持ち、血の滴る胴体の背には“檜や杉を生やしている”とされている。著者によれば、ヤマタノオロチ=河川の洪水と考えると、頭と尾が合わせて16方にのびるイメージと合致しない上、“檜や杉を生やしている”という部分も、納得のいく説明をするのがむずかしいのだという。これらのことを踏まえて、著者は、ヤマタノオロチの正体は、ある別の“自然現象”なのではないかと推測しているが――。あなたはどう考えるだろうか?

 著者は、学者の目線からさまざまな説を唱えているが、あえてそれら仮説も“フィクション”だと唱える。なぜなら、妖怪の正体は多くの人が納得するもっともらしい解釈があったとしても、唯一無二の正解が必ずしもあるわけではない。古文書の記述や、当時の社会状況から、筋の通った仮説を導き出せば、そこから新たな議論が生まれる。もしかしたら鬼は本当にいるのかもしれない…? その議論を生むことこそが、著者の目論見なのだ。

文=中川 凌