人生が分からなくなったときに読みたい! 生きづらさを抱えるすべての大人に送る感涙小説

文芸・カルチャー

2018/8/28

『大人は泣かないと思っていた』(寺地はるな/集英社)

 就職や結婚、転職、死別。大人になると、さまざまな出来事を乗り越えなければいけない転機がやってくる。中でも、辛い出来事に遭遇すると、私たち大人はつい歯を食いしばったり、笑ったりして目の前で起こるあらゆる出来事に対応しようと頑張ってしまうが、時には思いの丈を吐き出し、子どものように素直に感情を表現することも大切なのかもしれない。そう思わせてくれるのが『大人は泣かないと思っていた』(寺地はるな/集英社)だ。

 著者の寺地氏は2014年に『ビオレタ』(ポプラ社)でポプラ社新人賞を受賞し、『月のぶどう』(ポプラ社)や『みちづれはいても、ひとり』(光文社)といった傑作を著してきた、今大注目の実力派作家である。

 そんな彼女が手がけた本書には、恋愛や結婚、友情、絆など「家族の形」を前に、生きづらさを感じる大人たちが前向きに歩き出す姿が7編収録されている。家族や愛、人生とはなんなのかという疑問に自分らしい答えを導き出させてくれる本書は、大人な私たちの心に強さも与えてくれる。

 物語は農協に勤める時田翼のエピソードから幕を開ける。製菓が趣味の翼は九州の田舎町で、母親に出て行かれた大酒飲みの父親と2人で暮らしていた。そんな翼は隣人の老婆が庭のゆずを盗んでいるので現場を押さえろと父親から命じられたことを機に、新たな出会いを得て、大人になった自分の涙と向き合うことになる。

子どもの頃、大人は泣かないと思っていた。そんなふうに思えるほど、子どもだった。

 作中でそう語る翼に共感する世の大人は、意外に多いのではないだろうか。子どもの頃は大人になれば無条件に強く、幸せに、立派になれると信じていたが、幼い日の自分が思い描いていた大人とは、一体何歳でどんな中身を持った人のことだったのだろう。そして、あの頃思い描いていた大人らしい大人になれる日は当分来そうにないと思うたび、自分が大人からどんどん遠ざかっていくように感じられてしまう。

 そんなもどかしい想いを抱えている大人たちにこそ、読んでほしいエピソードが本書にはある。物語は全7編の収録作品ごとに視点人物を変えながら進んでいくため、自分の心を重ねながら読み進められやすいだろう。さまざまな登場人物の心に触れるたびに読者は、「自分の手で人生は模索していけるのだ」と思うことができるはずだ。

■大人な感情表現は本当に幸せか?

 本書は「耳中市肘差」という田舎を舞台に繰り広げられており、田舎ならではの生きづらさが巧みに描かれている。田舎には田舎特有の閉鎖的なコミュニケーションが見られる場合が多い。実際に筆者が住んでいる田舎でも「○○さんのところの奥さんはバツイチらしいよ」や「○○さんは離婚して出戻ってきたらしいよ」といった会話が近所で交わされ、他人の人生遍歴が好奇心を掻き立てるネタになっている。

 しかし、どんなに他人にどう話のネタにされても、自分らしい人生を歩んでいく権利が私たち大人にはあるのだ。そう教えてくれるのが離婚をし、家を出た翼の母親・白山広海のエピソードだ。

 広海は離婚を機に、中学の同級生だった千夜子と一緒に会社を興し、起業家になった。閉鎖的な田舎での離婚ということもあり、広海は離婚という道を選ぶのは、夫と息子に酷い裏切りを働くことだと思っていた。だが、千夜子の「さっぱりするわよ」という、あっけらかんとした言葉に救われ、自分らしい道を歩む決意をした。そんな人生選択をした離婚後の広海に千夜子がかけた言葉は、窮屈な毎日を送っている大人の心に刺さる。

「いつも笑ってる必要なんてさ、ないのよ。そんなの不自然よ」ずっといろんな気持ちを抑えてにこにこしていたあなたが以前より笑わなくなったのは、きっとより自由になれた証ではないのか、と千夜子さんは言うのだった。

 大人になるたび、私たちは作り笑いが上手くなっていく。それは笑顔でいると、その場が事無く済んでいくことを知っているからだ。しかし、自分らしくいられない笑顔は周りからいくら賞賛を得ても、心が空っぽな分、虚しいだけだ。仮面のような笑顔をいつも張り付けている人は、それが本当に自分のしたい表情なのかを、今一度考えたくなることだろう。

 人の人生や命には限りがある。大人である時間は子どもでいられたときよりも、ずっと長いように思えるが、明日が必ずやってくるという保証はどこにもない。だからこそ、大人な今を本気で泣き笑いしながら生き、大切なものを愛し抜いていこう。本書のラストページをめくったとき、きっとそんな思いでいっぱいになるはずだ。

文=古川諭香