R-18な自由論! 園子温監督が語る “女”という自由な獣

エンタメ

2018/8/28

『獣でなぜ悪い』(園 子温/文藝春秋)

 偶然の出会いが人の人生を180度変えてしまうことがある。学校で、会社で、毎日乗る電車の中で…歌の歌詞のようだが「あの日あのときあの場所で」まるで導かれるように出会う。それを運命と呼ぶ人もいる。

『獣でなぜ悪い』(園 子温/文藝春秋)は、17歳で詩人デビューし、「ジーパンをはいた朔太郎」の異名を持つ、映画監督 園子温氏のR-18な自由論だ。女優たちとの出会いを通じて感じた女たちのしたたかさ、彼女たちにとっての自由の意味にいたるまでを、縦横無尽に語っている。

■女優と仕事する時は「共犯関係」

「園の作品に出れば、女優として開花できる」
「園さんが撮る女性は美しい」

 そんな周りの言葉にも、園監督は冷静だ。

「吉高由里子との仕事で僕は映画監督になることができた」
「満島ひかりとの仕事で、僕の映画も彼女自身も多くの国際的な映画祭で評価された」

 それは決して、自分を卑下しているわけでも、謙虚さのアピールでもない。数々の作品にも現れている、園監督独特の女優との距離感について知れば、納得できる。

吉高や満島との仕事はエキサイティングだった。普通の女優と監督の関係は指揮者とオーケストラ奏者だと思う。しかし、彼女ら二人と僕はバンドのようだった。バンドは、オーケストラと指揮者よりももっとお互いの距離が近い。僕らは映画づくりにおいてバンド仲間のような「共犯関係」にあったと思う。

 吉高由里子も満島ひかりも、今や主役を張り今をときめく有名女優となった。園監督と出会った時はまだブレイクしていなかったが、女優たちはその内面に潜む才能を引き出され、園監督は女優たちの持つ可能性を信じてフィルムに閉じ込めた。その結果、同時発生的にさまざまな才能が花開いたのだ。

■自由=インテリジェンス

セックスにはその人の自由さが表れる。

 それが園監督の持論だ。女性が“闘う”ときにセックス(性・性別・性愛)を武器にすることを否定せず、“使えるものを使って何が悪い”とうそぶく。そして「ちっちゃくてかわいい」女になろうと幼児化する今の日本の風潮の方がよほど恥ずかしいことであると言ってのける。3歩下がってついてくるような女性は、今はもう古臭い。それよりも、明るく自由奔放に、例えば「性欲が強すぎて感情が抑えられないときがある」とはっきり言ってしまうような渡辺直美のように、全ての女性がなればいい、園監督はそう思っている。

気がつけば、女性が主人公の映画ばかり撮っている。

 本書の冒頭でそう著した園監督はこれからも、強くて、セクシーな女性を撮り続けていくことだろう。スクリーンの奥に大らかに、自由を享受して輝く女性たちの姿を刻みつけながら、これからもずっと園監督にしか撮れないものを表現していって欲しい。

文=銀 璃子