東京下町・綾瀬のヤクザのもとに飛び込んできた依頼は「潰れかけた学校の運営」!?

文芸・カルチャー

更新日:2018/9/11

『任俠学園 (中公文庫)』(今野 敏/中央公論新社)

 学園モノというのは不思議とアウトローと相性(?)がいい。荒れた学校を立て直すのがヤンキーっぽい先生だったり、学校一のワルが実はいいやつで、敵対するチンケな不良集団をけちらしたり、そんな作品がいくつも頭に浮かぶもの。だが、同じアウトローとはいいながら、相手が本物の「ヤクザ」だとどうだろう。思わずギョッとする組み合わせ…なのだが、それを逆手に痛快な世直しストーリーに仕立ててしまった作品がある。今年で作家生活40周年を迎えた今野 敏さんの『任俠学園』(中公文庫)だ。

 東京の下町・綾瀬にある阿岐本組は、小さいながら独立独歩、任俠と人情を重んじる昔ながらの正統派ヤクザ。その組長である阿岐本雄造は度胸も人情もある大人物で、おまけに文化事業に目がない。そんな阿岐本のもとに、「潰れかけた学校の運営」の依頼が舞い込み、「素人が手を出せる世界じゃない」との代貸の日村の懸念も意に介さず理事長として学校に乗り込む。校舎は落書きだらけでガラスも割れ放題、堂々とタバコを吸う生徒にやる気のない教師たち…百戦錬磨のヤクザも驚く学校の荒廃ぶりを目にした阿岐本は、「これは生徒との戦争。戦争のやり方はよく心得ているつもり」と、学校改革に乗り出すのだった。

 ヤクザだからといっても恫喝や暴力で無理やり改革しようというのではない。「できることを一つ一つ」と彼らが手をつけたのは、まずは割れたガラスの修理と荒れた花壇の修繕であり、それが再び破壊されても動じない(むしろヤクザらしく徹底的に犯人を追い詰め、結局は学校改善の助っ人に仕立てるのだから痛快だ)。実は彼らの最大の敵はいわゆる「モンスターペアレント」。些細なことを問題化する保護者たちの横暴にいまどきの学校は手足を縛られているが、そんな現状に唖然としながらも阿岐本組はやはり動じない。「生徒はみな舎弟」と、不器用にもみえる古風な実直さで「人として大事にしなければいけないこと」を説く姿に、次第に心を開く生徒たち。やがて少しずつ学校全体も変わっていく「正」の連鎖はなかなか爽快だ。

advertisement

 なお、この阿岐本組の物語は「任俠シリーズ」と呼ばれる今野さんの累計40万部を超える人気シリーズの2作目にあたる。出版社を立て直す『任俠書房』が1作目、本作に続く3作目は病院を立て直す『任俠病院』。そしてこのほど、最新刊の『任俠浴場』が出版されたが、こちらは赤坂にある潰れかけた銭湯の立て直しがテーマだ。古風で人情味あふれる阿岐本組のヤクザたちが救世主となる様には毎度カタルシスがあり、一度読むとハマること間違いなしだ。

 最近、学校をはじめさまざまな現場でパワハラが社会問題になっているが、いかにもそうした圧が得意そうなヤクザが、むしろ「道理」を説くのが面白い。「素人には手を出さない」と彼らは言うが、昔気質の嘘のない言葉はグッとくるもの。いまどきは素人こそ、そんな心意気を学んだほうがいいのかもしれない。

 なお、本作は、ベストレビュアーを決定するコンテスト「第3回 読書メーター×ダ・ヴィンチ レビュアー大賞」の課題図書にもなっているので、これを機に応募してみてはどうだろう? 詳細はこちら

文=荒井理恵