「既存顧客のキープが重要」という思い込みの罠。データがマーケティングの常識を覆す

ビジネス

公開日:2018/9/6

『ブランディングの科学 誰も知らないマーケティングの法則11』(バイロン・シャープ:著、加藤 巧:監修、前平謙二:訳/朝日新聞出版)

「自社製品のシェアが思ったように伸びない」「どんな層にアプローチすればいいのかわからない」――。企業のマーケティング担当者をはじめ、製品やサービスの“ブランド”をつくる仕事をしている人たちならば、誰もがこうした悩みを抱えているだろう。なぜ、あなたの会社のブランドはうまくいかないのだろうか? もしかすると、その原因はマーケティングに関する“思い込み”にあるかもしれない。本書『ブランディングの科学 誰も知らないマーケティングの法則11』(バイロン・シャープ:著、加藤 巧:監修、前平謙二:訳/朝日新聞出版)は、マーケティングに詳しい人でさえ陥りがちな“思い込み”を、明快な根拠に基づいて指摘する革命的な理論書だ。例えば、あなたはこんな“思い込み”をしていないだろうか?

・ブランドの差別化を図ることは、マーケティング上の重要な仕事である。
・新規顧客を開拓するよりも既存顧客を維持するほうが安い。
・マスマーケティングは過去の遺産である。競合上の優位性を発揮することはもはや不可能である。
・売り上げの80%以上が最も購買頻度の高い顧客の20%からもたらされている。

 もしこれらの仮説を正しいと感じているならば、あなたのマーケティング戦略の多くは間違っている――本書はそう断言する。本稿では、本書で行われている「新規顧客を開拓するよりも既存顧客を維持するほうが安い」という仮説の検証を紹介したい。

■既存顧客はどれくらいキープされるのか計算してみよう

 自社の製品のシェアを伸ばすためには、当然ながら、新規顧客を開拓するか、既存顧客を維持することが必要だ。従来のマーケティング理論では、既存顧客の維持のほうが低コストだと考えられているから、“顧客離反率を下げる(=一度ついたお客さんが離れないようにする)”という目標を掲げる企業が多い。素人の直感的にも、すでに商品を気に入っている既存顧客のほうが対策しやすいように思えてしまう。だが、数字が示す事実は違う。本書では、アメリカの車ブランドのデータなどを参照しながら、その離反率が“マーケットシェア”によって決まることを明らかにしている。これは、“リテンションダブルジョパディの法則”と呼ばれている。

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リテンションダブルジョパディの法則:顧客を失わないブランドはない。その損失は、マーケットシェアと比例する。大きいブランドほど多くの顧客を失うが、その損失は顧客基盤全体と比較すると小さい。

 仮に、2つのブランドだけがある市場を考えてみてほしい。小さい方のブランドS社のマーケットシェアが20%(仮に顧客数200人)で、大きい方のブランドL社のマーケットシェアが80%(顧客数800人)とする。どちらのブランドもマーケットシェアを維持していると仮定すれば、S・L両ブランドの顧客離反数と顧客獲得数は同等になるはずだ。例えば、両ブランドともに100人が離反し、それぞれが100人を獲得したとする。そうすると、小さいブランドS社の顧客離反率は50%(=100/200人)なのに対し、大きいブランドL社の顧客離反率はわずか12.5%(=100/800人)になる。実際の市場はもっと複雑だが、やはりマーケットシェアの大きいブランドほど顧客離反率は低くなるのだという。

 この事実やデータから言えるのは、ブランドの成長にとって本当に大切なのは“新規顧客の獲得”だということだ。引用されるデータの数々から、私たちは顧客の離反をコントロールできず、ブランドの成長・衰退は“新規顧客の獲得”によって決まっていることが明快にわかる。本書は、このように私たちの“思い込み”を鮮やかに覆してくれる。きっとあなたのマーケティング知識を次々とアップデートしてくれるはずだ。

文=中川 凌