身近な食事に含まれる毒から、世間を騒がせたあの毒まで。好奇心を刺激する毒辞典

スポーツ・科学

公開日:2018/9/7

『増補 へんな毒 すごい毒』(田中真知/筑摩書房)

「毒」…できればお世話になりたくないもののひとつだ。一般的に「毒」という言葉には、危険で良くないものというイメージがある。一方、「薬」は、病気を治す効力のある、良いものというイメージがある。

 こうみると、毒と薬はまったく別物のようだが、科学的に明確な違いはないそうだ。同じ化学物質が、量によって毒にも薬にもなり得るのだ。『増補 へんな毒 すごい毒』(田中真知/筑摩書房)は、フグやキノコなどの動植物に由来する毒から、鉱物や火山ガスなどの自然に由来する毒、そして麻薬や毒ガスなどの人工的につくられた毒といった、あらゆる毒の成り立ちや、それにまつわる事件、自然界の進化など、さまざまな切り口から「毒」について語られた1冊だ。めくるめく毒の世界を、これから少し紹介しよう。

■地上最強の毒は何か?

 毒の強さは、半数致死量(LD50)という値で示される。これは、その量を投与すると、実験動物の半数が死んでしまうと予想される値のことだ。例えば、体重1kg当たり2mgの毒を10匹のマウスの静脈に投与し、そのうち5匹が死亡したとすると、その化合物の毒性はこう表示される。

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「LD50 2mg/kg (iv) mouse(※)
※ iv=intra(内部へ)+venous(静脈) ここでは静脈注射のこと

 つまり、この値が小さいほど毒性が強いことになる。この数値のもとで毒の強さをランキングすると、上位3種類は、ボツリヌストキシン(ボツリヌス菌の毒素)、テタノスパスミン(破傷風菌の毒素)、マイトトシキン(海洋生物の有毒な藻がつくる毒)となるのだが、必ずしも「半数致死量が低い(すなわち毒性が強い)=人間にとって脅威」とは言えない。投与方法を考慮する必要があるからだ。毒は静脈注射だけではなく、食事を通して体内に取り込まれる場合もあり、一概には比較しにくい。アルコールの半数致死量は8000mg/kgだが、これは体重60kgの人がビール大瓶7本、あるいはウィスキーをボトル1本飲めば優に超える値だ。これだけの量のアルコールを一気に飲めば、急性アルコール中毒で死亡する危険がある。つまり、飲み方によっては、アルコールはかなり強い毒であるともいえるのだ。

■身近な野菜に含まれる毒

 子どもの嫌いな野菜ランキングの上位に入ることが多いであろう、ピーマン。品種改良で以前よりも甘みが増したとはいえ、あの苦みが苦手という子どもは少なくない。ピーマンの苦みはアルカロイド成分という毒からくるものだ。人間と同じ哺乳動物でも、ウシやウマ、ヤギやヒツジもピーマンは食べたがらないという。もちろん含有量は微量なので、通常食べる分には心配はいらないし、アルカロイドは油に溶ける性質があるため、油炒めをすれば苦みは和らぐ。もともと「苦み」という味覚は、動物にとって毒かどうかを判断する指標であり、子どもの味覚にも、毒物を本能的に避ける鋭さが備わっているのだ。

■風邪薬が殺人を企てる毒になる?

 2000年に埼玉県本庄市で、保険金殺人の疑いをかけられた男が、自分が経営するスナックにマスコミを集めて、記者会見を開いていた。有料で200回以上行われた記者会見の様子を、ワイドショーなどで見た記憶がある人もいるだろう。この事件は当初から、状況証拠により容疑者が絞り込まれており、毒物による殺害という見当もついていたものの、被害者の体から、死因となる毒物が検出されていなかった。ところが、「被害者に、長期にわたって酒と大量のアセトアミノフェンを飲ませていた」という共犯者の自供がきっかけで、容疑者は逮捕されることとなる。アセトアミノフェンは風邪薬の成分だが、アルコールと一緒に大量摂取すると、肝機能障害を起こして死亡する危険がある。これを容疑者は知っていたのだ。まさに、「薬」を「毒」として悪用した事件と言えるだろう。

■毒と正しく(?)つきあうために

 本書は、毒についてのさまざまな内容がイラスト付きでわかりやすく紹介されており、好奇心が刺激され、毒に対する知識も深まること間違いなしの1冊だ。毒の対処法を知っているのと知らないのでは大違いである。万が一、あなたの身に危険が及んだ時、きっとあなたを守ってくれるだろう。また、最終章「毒と生物の進化」では、生命の誕生以降、自然や動物たちが、生き延びるために毒を「戦略的に」利用してきた事例も紹介されており、とても興味深い内容となっている。詳細は、ぜひ本書を手に取って確認してほしい。

 なお、本書の毒後、いや、読後にはすっかり毒の世界に魅了されてしまう人もいるかもしれない。得られた知識を悪用することなきよう、くれぐれもご注意を。

文=水野さちえ