海底の巨大な海山には、古代天皇の名前がつけられている!? 日本は世界1位の「超深海」大国! その深層で起こっていること

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公開日:2018/9/6

『太平洋 その深層で起こっていること(ブルーバックス)』(蒲生俊敬/講談社)

 海は広い。小さな頃から慣れ親しんだ歌のイメージの通りで、海岸沿いからひとたび水平線を眺めると、その雄大さに心が洗われるような気持ちにもなる。ただ、人の目で見られる景色というのは、海のほんの一部だ。海面の下には、さらなる神秘の世界が広がっている。

 日本では北海道から沖縄県の東方にかけて広がる太平洋は、世界最大規模の海洋として知られている。その水面下にある未知の世界を探求した研究者の書籍『太平洋 その深層で起こっていること(ブルーバックス)』(蒲生俊敬/講談社)は、私たちの海へのロマンをさらにかき立ててくれる一冊である。

■海の奥深くにある海流。北大西洋を起点に約2000年で太平洋へ

 世界中の海は「海流」で繋がっている。海岸沿いからの景色を想像すると、風により波しぶきが立っている光景も思い浮かぶが、これは風で海面が動く「風成循環」と呼ばれる現象により発生するもの。その流れは、大きなうねりとなって地球上を包み込んでいる。

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 一方でじつは、深い海の中でも海流は発生しているという。ただ、そのメカニズムは私たちが海岸線から見られるものとは異なる。

 海中で発生する海流は、温度と塩分で決まるために「熱塩循環」と呼ばれる。その起点となるのは、北大西洋の最北端。温度が下がるほど重くなる性質を持つ海水は、海水は凍る際に塩分を押し出し、氷にそばにある海水は塩分濃度が高くなる。深いところにある海水に対して比重が重くなるため、沈み込む。こうして生まれた「北大西洋深層水」は、徐々に大西洋を南下していく。

 さらに、北大西洋深層水は南極大陸を巡り「南極底層水」となる。やがてその一部が枝分かれして、インド洋や太平洋の最深層を北上していくというが、本書によるとそこまでにたどり着くまでにかかると推定された年数は「ほぼ2000年」。今、私たちが見ている海が、どれほどの歴史を重ねてきたのかが分かる。

■火山活動が活発。世界最速で新たな海底を生み出す太平洋の「中央海嶺」

 太平洋の最深部は「1万メートル」を超えるという。本書によれば、海底の東側には山脈があり、西へ向かうほど深くなる「下り坂」であることが分かっているというが、その分岐点となるのが、世界最大のマグマ供給源であり東太平洋を大きく縦断する火山山脈「中央海嶺」だ。

 海底の割れ目が帯状に続く中央海嶺では、地球内部のマントルから熱いマグマが噴き出している。マグマは左右へと広がり、やがて固まると新たな海底がつくられる。その速さは、年間あたりで左右に「約10センチメートル」。大西洋やインド洋にある中央海嶺と比較しても最速だという。

 さらに、日本のほぼ真東に目をやると南北約2000キロメートルにわたる海山群がある。深さ約6000メートルの深海底から、富士山と同程度かそれ以上の巨大な海山が連なる「天皇海山群」と呼ばれる一帯だ。

 それぞれの山々には歴代の天皇の名が刻まれているが、じつは、呼び名は日本固有のものではなく国際名として通用するという。その立役者となったのが、アメリカ人の海洋地質学者であるロバート・ディーツである。

 北太平洋の深海に、海山群があると分かったのは20世紀のなかば頃。しかし、当時は今のような名称ではなかった。やがて、第二次世界大戦のさなか、当時としては最新の記録式音響探測器を積んだ日本の帝国陸軍が保有していた貨物船「陽光丸」の調査により、鮮明にその存在が明らかとなっていった。

 ただ、戦時下で敵機の銃撃を受けた陽光丸は、測量船としての能力を失われてしう。そして、戦後の日本でかろうじて残されていた観測データを蘇らそうと尽力したのが、太平洋の海底地形について研究を続けていたディーツだった。

 彼がなぜ、日本近海の海山に天皇の名を付けたのか。じつのところ、その経緯は明らかになっていない。ただ、当時を知る研究者は、彼について「時間の許す限り、実態を極めるべく、沈着に取り組んだ日本の海洋学者の熱意に感激された」と振り返りつつ、彼の中にはきっと「誰もが日本を連想するものにしたい」という思いがあったのではないかと語っている。

■プラスチックによる汚染。人間が生み出した「POPs」が海を蝕む

 地球温暖化や海水の酸性化など、海洋汚染に警鐘を鳴らす声も少なくない。その原因の一つになりうる、プラスチックのゴミなどから出るという難分解性有機汚染物質「POPs(Persistent Organic Pollutants)」についても、本書は言及している。

 人間がつくりだしたPOPsは、自然界にはまったく存在しない物質だという。代表格とされるのは、ポリ塩化ビフェニルの「PCB」。1930年ごろに製造された当初は不燃性、耐水性、絶縁性、耐薬品性など、人間にとって理想的な性質を併せ持った物質だともてはやされたが、1960年ごろに川魚の大量死や食品公害が危険視され、やがて先進諸国で製造が中止された経緯を持つ。

 これら「POPs」は、今なお私たちに影響を及ぼしかねないモノとなっている。海に捨てられたプラスチックのゴミは、海流に乗って海上を行き来している。それだけではなく、さらに懸念されるのは、“超深海”にも汚染物質がすでに行き渡っているという現実だ。

 2017年2月、アメリカの研究グループが、水深1万メートルを超える海底で採取したヨコエビの体内から、高濃度の「POPs」を検出したことを報告。やがて、食物連鎖を経て人間にも影響を及ぼすと指摘されている。これらは、水深6000メートルよりも深い海水保有体積で世界1位を誇る、いわば「超深海」大国・日本でも、けっして無視できない問題なのである。

 さて、人間はおそらく自然のごく一部しかいまだ知らないのかもしれない。深海にロマンを求めた研究者による一冊は、私たち多くが知らない地球の神秘を教えてくれる。

文=カネコシュウヘイ