『数字が明かす小説の秘密』――副詞を多用する小説は駄作? 名作と副詞使用率の相関関係は…

文芸・カルチャー

公開日:2018/9/10

『数字が明かす小説の秘密 スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで』(ベン・ブラット:著、坪野圭介:翻訳/DU BOOKS)

 小説において、名作と駄作の違いはどこにあるのだろうか。読者それぞれに独自の価値観や好みがあり、面白い・面白くないと感じるポイントはさまざまのはず。それなのに、名作は多くの人を惹きつけ、駄作は地に埋もれる。もし、「名作の書き方」に感覚的・主観的ではない、例えば「数字」で示せるような客観的な法則があれば、きっと全国の作家志望者の福音になる。

『数字が明かす小説の秘密 スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで』(ベン・ブラット:著、坪野圭介:翻訳/DU BOOKS)は統計学によって小説を分析し、客観的に傾向を導き出している、ユニークなアプローチの学術書であり、小説執筆のための指南書だ。

 小説の膨大なテキストをコンピュータに読み取らせ、語数と特定ワードの使用頻度、商業的成功度などから、名作の名作たる所以を明らかにしている。本書で取り上げられる小説はタイトルに「スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで」とあるとおり海外のものばかりだが、国内の小説にも通じるルールがいくつも見られ興味深い。

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 例えば、小説を書くうえで「副詞は控えめに」とはよく聞かれる言葉だが、副詞を控えめにすると人気作に近づけるのだろうか。名作は漏れなく「副詞を控えめに」用いているのだろうか。

 日本語では「すぐに」「とても」「よく」「そっと」など、状態や程度などを表現する際に使われる便利な副詞。海外では文豪ヘミングウェイやスティーヴン・キングが副詞排除論者の筆頭として、本書で紹介されている。

 確かに、副詞は個人の価値観を伴った主観的な表現ではある。そのため、読者の頭の中にイメージが浮かびにくいといわれる。本当にヘミングウェイやスティーヴン・キングの作品は、作品全体に対する副詞使用率が低いのだろうか。そして、名作と副詞使用率との間に相関関係は見られるのだろうか。

 本書はまずヘミングウェイの長編小説10作を分析した。結果は、全86万5000語あまりの単語中、副詞は5万200語。全単語に対しての5.8%だった。17語に1つが副詞ということになる。同様にキングの作品を分析すると、副詞使用率は5.5%。他の作家たちも分析すると4.8~5.7%程度であり、ヘミングウェイやキングが特段、副詞を排除しているとはいえない結果に。

 しかし、本書はさらに深掘りした分析を行う。ヘミングウェイやキングが嫌った副詞は、「sleepily(眠たげに)」「irritably(苛立たしげに)」など、状態や程度などを表す「~ly」で終わる単語であることが多い。英語では「not」や「never」なども副詞に含まれるが、これらは今回問題にしている「副詞」からは除外されている。

 そこで「~ly型」副詞だけに絞ると、結果は全く違った事実を告げる。いくつかの有名作品を比較したところ、1万語あたりの「~ly型」副詞は80語から155語と大きな開きが見られた。「副詞は君の友達じゃない」と言い放ったキングは105語、そして、切り詰められた文章で知られるヘミングウェイは最も少ない80語だったのだ。

 本書はさらに、世界レベルで知られる優れた作家の167作品について分析し、名作と副詞使用率の相関関係を調べた。

 結果は、次のとおり。

1万語に対しての副詞が0~49語の本のうち、67%が批評家たちによって「優れた」作品と認定されている。

50~100語の本で、「優れた」作品は29%。

150語以上副詞を含む本で、批評家が「優れた」と認めたのはたったの16%。

 また、アマチュアの作品を分析したところ、予想どおりというべきか、副詞をさらに多用している。

 本書は、簡素な文に近づけようと推敲する中で、副詞を省くだけでなく、その他の表現や内容までブラッシュアップされるからではないか、と推測している。

「感嘆符の使用率は」
「思考動詞や修飾語の使用はどうすべきか」

 などの気になる問いにも、本書は客観的に回答を示している。

 すでにAIが書いた小説が公開されている。人が、本書のような「ビッグデータ」を用いて小説を書くことが当たり前になる時代がやってくるのかもしれない。

文=ルートつつみ