セリーナへの感謝を伝えた大坂なおみの圧倒的な強さ【今週の大人センテンス】

スポーツ

公開日:2018/9/10

写真:Panoramic/アフロ

 巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

第109回 世界が称賛したプレーとコメント

「セリーナと全米の決勝で対戦するのが夢でした。プレーしてくれてありがとう」by大坂なおみ

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【センテンスの生い立ち】
 9月8日にニューヨークで行なわれたテニスの全米オープン女子シングルス決勝で、大坂なおみ(日清食品)が元世界ランク1位のセリーナ・ウィリアムズを破って初優勝した。試合は当初から大坂が優勢で、セリーナはイラ立ちをあらわにし、ラケットをコートに叩きつけたり審判に激しく抗議するなどして、1ゲームの剥奪を言い渡されてしまう。異例の事態に場内は主審への激しいブーイングに包まれたが、試合後のインタビューで大坂は、静かな口調で元女王への感謝の言葉を口にした。

【3つの大人ポイント】
・異様な雰囲気にのみ込まれずに実力を出し切った
・謙虚な態度で憧れの選手へのリスペクトを示した
・日本人だからではなく、大坂だから言えたセリフ

 20歳の大坂なおみ選手が、とんでもない快挙を成し遂げました。9月8日に行なわれたテニスの全米オープン女子シングルス決勝で、元世界ランク1位のセリーナ・ウィリアムズをストレートで破って、見事に初優勝。4大大会(グランドスラム)で日本人選手がシングルスで優勝したのは、男女通じて初めてです。まだ若い大坂選手が、この先どんな活躍を見せてくれるのか、日本だけでなく世界中のテニスファンが注目していることでしょう。

 この試合で大坂が世界に見せつけたのは、テニスの圧倒的な強さだけではありません。試合後のインタビューや記者会見で、大坂なおみというテニスプレーヤーの、そして大坂なおみという人間の「圧倒的な強さ」を見せてくれました。完全アウエーの状況で、しかも異様な雰囲気に包まれる中、試合直後にマイクを向けられた彼女は、こう述べています。

みんなが彼女(セリーナ)を応援していたのは知っています。こんな終わり方ですみません。ただ、試合を見てくださってありがとうございます。(中略)セリーナと全米の決勝で対戦するのが夢でした。プレーしてくれてありがとう。

 子どものころから憧れていた女王を破った嬉しさは、いかばかりか。勝利の喜びを全身で爆発させてもいい場面で、落胆しているであろう観客を気遣い、お詫びの言葉を述べ、そしてセリーナへのリスペクトと感謝を伝える――。スポーツ史に残る素晴らしいコメントであり、その謙虚な態度から滲み出る強さが、女子テニス界の「新旧交代」をさらにクッキリと印象付けたと言えるでしょう。

 ただ、セリーナだってきっとこのままでは終わりません。今後も厳しい攻防が続くはず。試合中の態度が批判されていますが、「テニスは格闘技だ」という言い方もあります。闘志が出すぎてしまうこともあるでしょう。試合後のインタビューでセリーナは「もうブーイングはやめて」と、審判に憤る観客を制し、準優勝のプレートを高々と掲げました。もうそれでいいんじゃないでしょうか。執拗なセリーナ批判は大坂にも失礼です。

 試合後の記者会見での大坂の受け答えも、大人力にあふれていました。記者から「セリーナが審判に抗議したときに何を思ったか」と尋ねられて、「私は背を向けていたので、何も聞こえなかった」と答えます。真相は彼女にしかわかりません。さらに「なぜ、自らの快挙なのに表彰式で謝罪したのか?」という質問に対しては、こう述べました。

だって彼女が24度目のグランドスラムを手にしたがっていることを知っていたから。試合のコートに入るとき、私は自分が自分とは別の人間であるかのように感じる。もうセリーナのファンではない、と。対戦相手のテニス選手に立ち向かう、もう一人のテニス選手になる。でも、(試合後)ネット越しに彼女と抱き合ったとき、ハグしたとき、(涙で声にならない)、彼女をハグしたとき、私はまた(セリーナがアイドルであった)子どもに戻ったのです。(9月9日「朝日新聞DIGTAL」より)

 テレビのこちら側から見ている私たちは、彼女と同じ経験をすることはできません。しかし、彼女のプレーを見て、彼女の言葉を聞いて、彼女が胸に抱いた深い感動や喜びを少しだけおすそ分けしてもらうことができます。それがスポーツのすごさでありありがたさ。応援といえば聞こえはいいですけど、いわば人様の偉業や努力に乗っかってたくさんのプラスの感情をもらっているわけですから、リスペクトと感謝は忘れたくないものです。

 大坂のコメントを称える声があふれる中で、ちょっと残念だったのが「こういう謙虚なところがやっぱり日本人だ」「あのコメントは日本人にしか言えない」という声が混じっていること。彼女は日本人の母親とハイチ系アメリカ人の父親を持ち、大阪に生まれて3歳まで日本で育ちました。現在のところ法的にはアメリカと日本の二重国籍ですが、テニス選手としての国籍は日本を選んでくれています。しかし、彼女が感動的なコメントをしたのは、日本人だからではなく「大坂なおみ」という人間が素晴らしいからです。

 彼女のコメントは、たしかに誰にでもできるものではありません。しかし、日本人にしかできないと思うのは、明らかに傲慢です。ほかの国の文化や民族に対する侮辱と言ってもいいでしょう。どこの国にも、素晴らしい人もいればそうでもない人もいるのが大前提。自国の文化に誇りを持つことは大事ですが、他国の文化も同じように尊重し敬意を払う気がないなら、それは誇りでも何でもなく寂しくて情けない虚勢に過ぎません。

 もし「日本人以外には絶対に言えない」「○○人だったらあり得ない」と本気で思っている人がいるとしたら、あえてこの表現を使いますが「同じ日本人として最高に恥ずかしい」という言葉をお贈りいたします。ネット上だけかもしれませんが、昨今はそういうスタンスを取ることがいかに愚かで残念か、自覚していない人が増えました。断言しますが、そういう人は今後もし大坂が世間から批判されるようなコメントをしたら、手のひらを返して「やっぱり半分は日本人じゃないから」なんて恥知らずなことを言い出すでしょう。

 そんな風潮に抵抗する意味でも、日本人としてではなく、あくまで大坂なおみというひとりの人間として、試合後の態度とコメントの素晴らしさを称えたいもの。とはいえ、大坂選手が4大大会に優勝して、プレーヤーコメントが世界から称賛されていることがこんなに嬉しいのは、彼女が日本人だからという要素が大きいのは確かなんですけどね。都合よく便乗させてもらってすいません。ともあれ、優勝おめでとうございます!

【今週の大人の教訓】
「日本や日本人だけが特別にすごい」と思いたいのは弱っている証拠

文=citrus コラムニスト 石原壮一郎