真実を反転させ、善意と悪意をえぐりだす――湊かなえの真髄、あの短編集がWOWOWドラマ化!

文芸・カルチャー

2018/9/18

『ポイズンドーター・ホーリーマザー』(湊かなえ/光文社)

 湊かなえ氏は“反転”を描く作家だ。人は誰しも自分だけの物語を生きている。よかれと思っての言動が、誰かを苦しめるだけの結果となるのはよくあることだ。だが、一部の人間関係だけでなく、自分の信じてきた物語が、信じて何十年と生きてきた正義が、真逆のものだったらどうするのか――『ポイズンドーター・ホーリーマザー』(湊かなえ/光文社)は、誤解を重ねた先で取り返しのつかない結末を迎えてしまった人々を描くと同時に、それは読者である私たちの姿かもしれないとつきつけてくる短編集だ。

 表題作の「ポイズンドーター」は、娘を支配しようとする母親の呪縛を逃れ、女優となった娘・弓香が“毒親”を告発する物語。そして「ホーリーマザー」は、弓香の一方的な言い分が世間にさらされたのち、事故死した母親をかばう人々によって、弓香が“毒娘”として糾弾される物語だ。弓香の境遇に共感させてからのこの反転は、見事としか言いようがない。物語は、誰に寄り添うかで見え方が変わる。どちらが本当に毒だったかなんて、誰にも判別しようがない。問題は、一方的な言い分で糾弾したことで、母の物語を弓香が叩き潰してしまったことにあるのではないかと思う。それも世間という巨大な味方を引き連れて。

 大人になってから発達障害を診断されたという人がいた。その人は自分の親を毒だと公言していたが、診断をふまえて考えてみると、一般からややずれた子供を親は懸命に正そうとしていただけかもしれないという可能性が浮上する。もちろん、子供側の言い分は間違っているわけではない。深く傷つけられたことも、親との関係がその後の人生に多分に影響したこともひとつの真実だ。乗り越えるためにかなりの苦労を重ねたことだろうし、その経験の吐露は、似た苦しみを抱えた人々の救いになったはずだ。だが、人が正義を確信したときほど危ういものはない。相手側にも真実と正義があると忘れて出る攻撃は、ときに一方的な蹂躙となりうる。

 もちろん、完全なる毒親も世の中には存在するし、どんなにはたから見ていい親でも、子供が毒と思えば毒だ。よかれと思って、ではなくて、本当に子供が必要としていることに寄り添う必要なことを考えなくてはいけない。――でも果たして、完璧にそれを成せる親がいるだろうか? 親の言葉に傷ついたことのない子供なんているのだろうか。

 本書で語られているのは「そんなものは毒じゃないから我慢しろ」なんてことでは決してない。「本当に?」ということをただただ、読者に投げかけている。あなたの傷は否定しない。けれどその物語は本当に、誰にとっても真実なのだろうか? と。表題作以外のすべての物語がそうなのだ。母と妹に理不尽に馬鹿にされ、屈折した思いを抱き続ける姉。嫉妬と逆恨みを抱えながら切磋琢磨しあう脚本家たち。お人好しの内気な男を殺害した悪女。立場を変えて物語を反転してみせたとき、浮き上がる真逆の真実に読者は、現実と照らし合わせて戦慄させられる。悪意と善意、絶望と希望。その両面をえぐりだす、湊かなえ氏の真髄を味わえる短編集である。

文=立花もも