思わずヨダレが出ちゃう…! 仕出し&弁当屋を営むお嬢さまの、ほのぼのお料理小説『ちどり亭にようこそ』

文芸・カルチャー

公開日:2018/9/13

『ちどり亭にようこそ~京都の小さなお弁当屋さん~』(十三湊/KADOKAWA)

 料理を美味しく作るコツは面倒くさがらず、一手間をかけること。些細に思える手間が、料理の味に直結する。十三湊氏著『ちどり亭にようこそ~京都の小さなお弁当屋さん~』(KADOKAWA)はそんな料理の基本を教えてくれる、心があたたまるほのぼのお料理小説シリーズ第1巻。

 続々重版を重ねている本作は、JR東日本の駅構内に立地する書店「ブックエキスプレス」、JR西日本の駅構内に立地する書店「ブックスキヨスク」「ブックスタジオ」の書店員が、自ら読んで「面白い!」「お客様に薦めたい!」と思った本を選出する第10回エキナカ書店大賞を受賞した作品でもある。読めば、京都らしい美しく美味しい仕出しのお弁当の数々に何だかお腹が減ってくる。そして、食にまつわる名言の数々に、自分でもお料理がしたくなってくる物語だ。

 舞台は、昔ながらの家屋が残る姉小路通沿いにある仕出し&弁当屋「ちどり亭」。この店の主は、由緒正しき旧家のお嬢様・花柚。ある日、彼女は、堕落した生活の果てに行き倒れた大学1年生の慧太を助ける。それをきっかけに慧太は「ちどり亭」でアルバイトをすることになり、花柚から弁当販売の傍ら、お料理を教えてもらうように。

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 花柚はなんと可愛らしいことだろう。自ら「ライフワークはお見合い」と言っている通り、毎週お見合いに出かけては残念な結果に終わっているようだが、こんなにも無邪気で可愛らしい女性のお見合いがどうしてうまくいかないのか謎でしかない。花柚のお料理への情熱は人一倍。割烹着姿でせっせとお弁当を作っては毎朝「私って天才!」と自画自賛。花柚が丁寧に作りだしていくお料理は一品一品きっちり手間と愛情が込められている。のんびりした雰囲気を持ちながらも、お料理となるとしっかりと慧太を指導し、そして、グッとくる言葉ばかりを口にする。

「お弁当は、家を出た家族が遠く離れたところで食べることを考えて作った物でしょう。持ち運べる『家庭』なのよね。自分のためのお弁当だって、未来の自分のための思いやりなの」

 そして、そんな花柚のもとで働く、慧太も素直で人がいい。この本には心が整ってゆくような安らぎがある。2人がお料理をいきいきと作っている姿に読者は元気づけられ、癒されるのだ。少しの工夫でお料理はこんなにも美味しくできるのか。いつもよりももっと丁寧にお料理をしてみたい。この本を読んでいると、そんな気持ちにさせられてしまう。

 ありきたりな物語なら花柚と慧太が恋愛関係に陥るところだろうが、2人はあくまで師弟関係。そして、花柚と慧太にはそれぞれにとびきりのロマンスが待ち受けているのだ。花柚のお相手は、破談になったかつての婚約者・総一郎。総一郎が店に来ると、花柚は何気ない風を装っていてもふわふわ舞い上がっているのを隠せていない。総一郎もはっきり口にはしないが、もしかして…? そんな不器用な恋に胸がキュンキュンしてしまう。また、慧太の片想いからも目が離せない。お相手の菜月も花柚にお料理を学びたいという。そのまっすぐな言葉には何だかハッとさせられる。

「なんかさ、小学生のときからずっと、そうやって『とりあえず』のごはん作ってきたからそれが普通になってたけど、ちゃんとやらなきゃダメだなってわかったの。慧太の写真見て。手抜きするにしても、生活を知ってて手抜きするのと、手抜きしか知らなくてやるのは違うんだよ」

 食生活をメインに描かれる、登場人物たちの生活。恋の行方。読んでいてとても心地がいいこの物語は、心が洗われていく気がする。日々を丁寧に、前向きに生きていかなくてはと思わされる作品を、忙しい毎日を送るあなたにもぜひ読んでほしい。

文=アサトーミナミ