なぜ「被害者」の女子大生が非難されたのか。東大生による強制わいせつ事件をテーマにした「非さわやか100%青春小説」

文芸・カルチャー

2018/9/18

『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ/文藝春秋)

「楽しい気持ちになりたい」「ほっこりとした、温かいものを感じたい」。そういった動機で日頃小説を手に取る人には、まずお勧めできない。帯にもあるとおり『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ/文藝春秋)は、2016年に起きた東大生5人による強制わいせつ事件をテーマにした「非さわやか100%青春小説」だからだ。

 おもな登場人物は横浜生まれ横浜育ちの神立美咲と、渋谷区広尾に住む竹内つばさ。2学年離れている2人はニアミスしながらも、大学生になるまで交わることはない。いや、そもそも交わるはずもなかったのに、最悪の偶然により出会ってしまう。そして初めのうちは美咲の動作を「チョロかわいい」と思ったのに、つばさはのちに彼女に性的暴行を加える一員となる。

 なぜ2人は被害者と加害者になってしまうのか。それはひとえに、お互いがあまりに違い過ぎるからだ。

 美咲は横浜とはいえ郊外で育ち、地元の中学から区内のマンモス高校に進学する。母親は祖父が経営するクリーニング店のパート、父親は給食センター勤務という、ごく普通の家庭だ。そして美咲は、私立中学に行った同級生を「どうせ私とは違う」と思い、電車1本で行ける都心も、遠い場所でしかない。「どうせ」という言葉をおまじないのように握りしめて、自分とは違う人たちを「よくわからないけど、なんだかすごい」という言葉で片付ける。「どうせ」で思考を停止し、何かをつかみ取ることを自分からはしない。そして高校卒業後は第三志望の、河合塾の偏差値48の女子大に進む。

 一方のつばさは国家公務員の父と、無農薬野菜と無添加パンでロールサンドを作るような主婦の母のもとに生まれる。東大合格者を多数輩出する公立校を経て、東大理一にストレートで合格。東大に合格し東大生としてふるまう彼は、裡(うち)にわく感触を見つめることはしない。なぜなら、東大生にそれは無駄だから。そして表は“チャラいインカレサークル”、内実は東大生目当ての女子学生のヌード画像を販売し、荒稼ぎする「星座研究会」の幹部となる。

 美咲は、星座研究会のメンバーではない。偶然出会ったつばさが東大生と知ると「すごーい」とは漏らすが、彼女は東大生のつばさが好きなのではない。ただ、つばさそのものが好きになのだ。だから全裸の画像を撮影されても、無邪気に応じる。なぜなら「大好きなつーくん」だったから。

 しかしつばさは違う。「チョロかわいい」と思ったのもつかの間、美咲は「性欲を処理するGカップ」でしかなかった。そして仲間に「DB(デブでブス)」と評された瞬間、つばさの中で美咲は性欲処理係どころか「ネタ要因」に転落。そして美咲はつばさを含めた東大生5人によって、性的な辱めを受けることになる。

 集団レイプですらないその行為は、美咲の人間としての尊厳をズタズタに傷つけるものだった。性欲を駆り立てる女性=同じ人間ではなく、加害者の言葉を借りて言えば、美咲は「雌豚」でしかなかった。人間ではない。だからレイプはしないし、人間以外の生き物の心身になど、配慮する必要もない――。

 美咲の容姿についての記述は、Gカップということ以外あまりない。だからつばさの「かわいい」も仲間の「DB」も、主観でしかない。しかし東大や慶応の学生だったら、「DB」であっても同じような辱めを与えただろうか?

 いや、そもそも人間はそれぞれ違うもので、外見や能力の有無次第で弄ばれていいものではない。そして東大生だろうと慶大生だろうと偏差値48の大学生だろうと、どんな人間も当たり前に存在している。だがその視座が決定的に欠けているつばさたちには、なぜ美咲が怒り自分たちを訴えたのか、理解することができない。そして何よりも救いがないのが、相手が東大生だったことで「勘違い女」などと、ネットでの激しい二次被害に美咲が遭うことだ。

 東大生に弄ばれた偏差値48の女子大生は、何か勘違いしていたのだろうか? この物語は美咲へのバッシングを端緒に「勘違いとは何か」というところから始まっている。しかし美咲は、決して勘違いなどしていない。むしろ「東大」だからと万能感たっぷりにふるまう男子学生の方が、勘違いも甚だしい。

 とはいえこの話は実際の事件をもとにしてはいるものの、完全な創作だ。事件に至るまでの当事者や家族の描写が非常に鮮明だからこそ憎らしくもなるが、登場するのは全員、作者が生み出した架空の人物だ。だからこれを読んで「これだから東大生は」と思ってしまうのは、些か短絡的である。

 また性犯罪被害者への二次被害は、この作品で書かれている以上のものが現実には存在している。それに性暴力加害者ではなく被害者の女性が「勘違い女」「枕営業」「男性の未来を奪うな」などとバッシングされた事件をテーマにした作品やルポルタージュは、日本だけでなく韓国やアメリカでも発表されている。帯に「これは彼女と彼らの、そして私たちの物語である。」とあるように、東大という狭い空間でだけ起こることでは決してない。男性が周囲にいる女性を格下扱いする限り、行為の幅はあれどどこで起きてもおかしくない。決して他人事としてスルーすることはできないものなのだ。

 タイトルの『彼女は頭が悪いから』の後に、あなたならどんな言葉を繋げるだろうか。ふと頭に浮かんだ言葉こそ、格下と見なしたものに対するあなたの本心だろう。どうかその言葉が残酷でないことを、すべての読み手に祈りたい。

文=玖保樹 鈴