鬼コーチが時代遅れになった本当のワケ。平尾誠二のリーダー論

ビジネス

公開日:2018/9/24

『求心力』(平尾誠二/PHP研究所)

 今、日本中で多くの“リーダー”が方向性を見失っているように思える。かつての日本におけるリーダーシップのあり方は、上から下への指示命令を徹底させる「支配・強権型」が主流だった。「スポ根」に代表されるように、鬼のようなスパルタ監督が檄を飛ばし、選手は理不尽に思っても指示に忠実に従うことが求められていた。これはスポーツ界に限らず、政治や経済活動といった場においても主流だった。しかし、この手法が今の時代にそぐわないのは、すでに誰もが気づいている。

 ラグビー日本代表選手として活躍し、その後、日本代表監督、神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼任ゼネラルマネージャーなどを歴任し、“ミスター・ラグビー”と呼ばれた故・平尾誠二氏は、ラグビー界のみならず、これからの日本全体のリーダーを語るうえで外せない人物だと私は思う。新時代のリーダーとして、これからの幅広い活躍が期待されていた中での氏の死去は、大変残念に思えて仕方がない。

『求心力』(平尾誠二/PHP研究所)は、2015年に発刊された平尾氏の生前最後の著書である。本書では「鬼軍曹でもなく、友達関係でもない、第3のリーダーシップ」という視点で、リーダー論が解き明かされている。

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■なぜ「鬼監督」は時代遅れになったのか?

 冒頭に述べた旧来の「支配・強権型」リーダーシップは、なぜ日本で支持され、結果を残していたのか? それなのになぜ今の時代には合わないのか? 著者は以下のように考える。

「欧米に追いつけ追い越せ」と国が一丸となっていた高度経済成長期には、「強いリーダーが戦略を描き、フォロワーは一糸乱れず従う」構造はうまく機能しやすかった。一定の品質を備えた製品やサービスを、大量かつ安価に確実に送り出すためには最適なやり方だからだ。このリーダーシップは、いわば「弱小チーム」だった日本を「強豪チーム」にまで引き上げた。

 しかし、「そういうやり方一辺倒では10番にはなれても、1番には絶対になれない。もしなれたとしても、それは“市場”が未成熟だったからにすぎない」と平尾氏は断言する。市場が未成熟というのは、それほど多くのチームが参入していなくて、戦略や戦術もそれほど研究が進んでおらず、情報も乏しく、練習にも科学的視点が欠けている、というような状況を指す。

 つまり、“市場”が成熟してしまうと、そういう強権型リーダーのもとで1番になることは不可能なのだ。「支配・強権型」のリーダーシップは、フォロワーが自主的に考え、判断し、行動する機会を奪うことにもつながるからだ。根性論でのたたき上げは可能ではあるが、ある限度を超えると、それ以上の伸びしろは見込めなくなる。

 時代が進むにつれ、日本はこのミスマッチに一層苦しんでいる。その反動のようなかたちで現れた、部下とのコミュニケーションを積極的にとる「友達関係」のようなリーダーシップも上手く機能しているとは言い難い。

 そこで登場するのが、本書で説かれる「巻き込み型」のリーダーシップというわけだ。明確なビジョンを打ち出し、それを全員に理解させ、おのおの現場のリーダーに裁量を与えたうえで、組織全体が目指す針路からずれないよう、求心力をもって統率し、マネジメントしていく。そういうリーダーシップだ。

 この「巻き込み型」のリーダーシップの質は、「求心力」のレベルの高さと比例するという。そのために必要なリーダーの心得や、「求心力」の身につけ方は、平尾氏独自の視点で詳細かつ具体的に本書で解説されている。氏の語る、「パワハラ」の解釈の仕方という視点も、多くの人が関心あるトピックだろう。

 平尾誠二氏は、どこまでも合理的なリーダーだと思う。それでいて同時に、どこまでも情熱的なスターであった。「この人についていきたい」と思わせる、まさに求心力が凄まじかったのだ。まさに時代の転換期とも言える今の日本、さまざまな問題が噴出しているが、それでも前に進まなければなるまい。今本当に求められているリーダー像は、本書の中にあると感じた。

文=K(稲)