不倫も「フェス 3日 5人」も炎上の時代。全員淫らで人でなしの背徳アンソロジー、安野モヨコ選!

文芸・カルチャー

公開日:2018/10/7

『背徳についての7篇 黒い炎』(安野モヨコ:編/中央公論新社)

「背徳」。ううむ。これまた背中からゾクゾクさせてくれるような官能が匂い立つ昭和エロワードではないか。文字通り、徳に背き、自らの欲望に身を任せる。そのめくるめく禁断の快楽……。とは言え、世間で使われなくなって久しい言葉の一つが、この「背徳」ではないだろうか。一時の流行り言葉のように乱用されて陳腐化したのではなく、今の時代には毒気が強すぎて使われず、そのままお蔵入り状態になっている言葉、という気がする。何しろ、不倫フルボッコ、フェス3日間5人武勇伝が炎上の時代である。背徳なんて言い出した日には、道徳自警団(Ⓒ古谷経衡)から全方位攻撃を受けて、スゴスゴと退散するしかない状態になるのは間違いない。

 が、それは、表向きのことである。道徳自警団の声のデカさに対して、背徳者の声は小さい。顔を近づけないと聞こえないぐらいの小さな声で、聞こうとする人にだけ囁くのだ。人倫に背き、道を踏み外す官能について、欲望の淵の深さについて、人間の淫らさとろくでなしぶりについて。道徳自警団が不倫はいかんと拡声器でがなる最中も、正論やきれいごとの裏で背徳は密かに暗い欲望を花咲かせている。

 そんな背徳行為の数々を描いた昭和の短編アンソロジーが、本書『背徳についての7篇 黒い炎』(安野モヨコ:編/中央公論新社)である。

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「知られざる名短編」と銘打っているように、この作品群そのものが、背徳行為のようにひっそりと隠れていた佇まいがある。表題作の「黒い炎」は小島信夫の作品なのだが、「アメリカン・スクール」や「抱擁家族」しか読んだことのなかった自分にとっては、いきなり優等生の変態趣味を見せつけられたような衝撃があった……と言ったら言い過ぎか。

 その内容とは、夫・浅野とのセックスレスに悩み、夫の同僚にその欲望処理をぶつける妻、それを受け入れつつも、内心では妻でなく夫のほうに欲情している男と浅野との欲望のトライアングルである。セックスレス妻の「わたし、恥ずかしいけど、気が狂いそうなのよ」「どうせ男が要るんですもの」と告白する切実さ、そして、酔った勢いで浅野の太った体をまさぐり、「どうせ僕は畜生ですよ」と言い放つ男の率直さはどうだ。

 どうせどうせって、おまえら、どうせで済むなら道徳自警団もイキり立つまいと思うのだが、どうせ人間だから背徳も仕方ないんだろうなあ、うん。本当に、芥川賞受賞作の「アメリカン・スクール」より、こっちを先に読みたかったと地団駄を踏んじまったほどの傑作がこの「黒い炎」である。いやあ堪らんよ。中年ぽちゃリーマンに欲情マックスの男が、恋しい欲情相手の靴の減り具合をチェックするとか、同じ銘柄のタバコを吸うとか、エロと純情のアマルガムみたいな描写が随所に噴出しておる。

 永井荷風の「裸体」に登場するのは、素晴らしい肉体を持った若い女の話だ。この主人公・佐喜子は弱冠19歳でありながら、自分の肉体の力を清々しいほどに知っている。脱ぐときは常にドヤ顔。ヌードダンサーとして稼いだ後は、ラーメンとシューマイで腹ごしらえして路上で男をナンパする。その言い草が最高だ。

「ねえ、あたい。今夜とても悩ましいんだよ。お金なんぞほしかないよ」

 くわ~っっ! 悩ましいって表現が、心身ともに男を求めている感じがして、とても好感度が高い口説き文句だと思うのですが、メンズの皆さん、どうでしょうか。

 またこの佐喜子のナンパした相手が、「髪の毛を額に垂らした面長の顔立と、すらりとした身体付きとが、最初見た時からまんざらでもない男」と描写されていて、どうにもこうにも作者とオダギリジョーと要潤と井浦新を足して割って、3割希釈したぐらいのいい男にヴィジュアライズされてしまうのも堪りません。本当、悩ましいよな~、おい。まあ、佐喜子に逆ナンされた面長男以外にも、なかなかのろくでなし男が本書には登場します。もう作品紹介より、男の紹介になっちゃいますが、まあいいか。

 で、「二人妻」の俊蔵。こいつは、父親の弁護士事務所を継いだものの、仕事より女遊びにうつつを抜かし、妻がヒステリーを起こしても、そんなもんかとしれっと受け流す海老蔵風の男丈夫である。適当に女から女を渡り歩き、仕事も人生も舐め切った態度で、仕事熱心な同僚を嘲笑しているという勝ち組の嫌な男なんですが、地位も金もあるので女が寄って来るんですね。

 さらに、円地文子の「原罪」に登場するのは、挫折したインテリ左翼の滝村。人生に意味を見出せず、何にでも無気力でシニカルな滝村は、不倫相手の妊娠と突然の出産宣言にも誠実に対応できずにのらくらしている。まあ、擁護の余地もないろくでなし中のろくでなしですよ。しかし退廃のエロスが漂っているのもまた事実なわけで。こういう挫折したインテリ男の色気が分かる女性は不幸だなあ……とつくづく思うわけです。

 まあ、とにかく、こんな駄文はどうでもいいから、この昭和の知られざる短編のアンソロジーを読み逃すのは惜しいので、是非一読を! 昭和のろくでなし男とろくでなし女の生態図としても楽しめます。

文=ガンガーラ田津美