冴えない中学生がモテるために「イケとる化計画」を実行!【90年代愛炸裂の友情譚】

文芸・カルチャー

2018/10/13

『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』(黒瀬陽/早川書房)

 1996年にフジテレビで『めちゃ×2イケてるッ!』が放送開始したのはある意味で象徴的な出来事だった。なぜならば、90年代に思春期を送っていた中学生男子の価値観では、「イケてる」ことが非常に大切だったからだ。もちろん、いつの時代だろうと女子にモテたり、学校内で幅を利かせたりすることは男子の目標である。しかし、それを90年代的に一言でまとめた言葉が「イケてる」だったのだ。

 そして、地方の中学生風に言うならば、「イケてる」は「イケとる」となる。『別れ際にじゃあのなんて、悲しいこと言うなや』(早川書房)は、1996年、広島の中学を舞台にした物語だ。バカでエロくて、それでも大人になった今よりはるかに熱かった時代―。「イケとる」男子になりたくて仕方がなかったあの頃が蘇る傑作である。

 主人公の小林は中学2年生のスタートで、一大決心を行動に移す。クラス内の「1軍」に君臨していたヤンキーグループに接近し、「イケとる側」の男子になることにしたのだ。ヤンキーたちの心を掴んだかに思えた小林だったが、最終的には大失敗をやらかし、不本意ながら冴えないグループの仲間に入れてもらう。それでも、小林には目標があった。必ずや「イケとる」男子に変身して、女子と仲良くなると! ヤンキーよりもチヤホヤされる存在になると!

 小林と「イケとる化計画」の誓いを立てるのは5人。優等生タイプの祐介、『新世紀エヴァンゲリオン』に夢中のジョー、ダイエットを夢見るTK、そしてタイ人のクルン。ときには抜け駆けしたり、些細ないざこざで気まずくなったりしながらも、5人は誓いを達成するため、めまぐるしく中学2年生の1年間を駆け抜けていく。男性読者の共感を呼ぶのは当然だろうが、女性読者も「そういえば、中学のとき、男子がバカなことやっていたなあ」と思い返しながらページをめくってほしい。

 そして、小林たちが交わす「90年代ワード」は、当時を知る読者からすればニヤニヤせずにはいられない。いくつか引用してみよう。

「おい、ブタゴリラ。どうでもええけ、スキャットマン・ジョンのモノマネやめえや。クソ寒いで」

「ちょい待てえ、クルン!それ“痩せる石鹸”やろ!!」

「好っきゃねんの言葉だけでごっつ強うなれる思ったんや」

 極めつきは、ジョーが『新世紀エヴァンゲリオン』を愛するあまり、人気キャラ・加持リョウジのセリフばかり話すようになるエピソードの面白さである。『新世紀エヴァンゲリオン』を観た人なら、シブい大人のセリフを変声期前の中学生が話しているおかしさも理解していただけるだろう。ただし、あの名言「辛いことを知っている人間のほうが、それだけ他人(ひと)にやさしくできる」だけは本当にイケてるシチュエーションで登場するので、お楽しみに。

 基本的には微笑ましさと懐かしさを感じられるような日常が描かれていくのだが、ふと、小林たちに現実の重さがのしかかる瞬間も訪れる。上手くいかない恋や、「ガイジン」であるクルンに向けられる眼差しには心が痛くなる。ただ、どんなに落ち込んでも中学2年生の彼らには一緒に毎日を笑って過ごせる仲間がいた。ケンカをしても、すぐに仲直りできる相手がいる幸せはずっと続くわけではない。「イケとる」生徒になりたいと奔走している小林たちは、そんな大切なことに気づくはずもなく、些細な事件で一喜一憂しながら成長していくのである。

 本作のタイトルも、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジが口にする名言をもじっている。さんざん笑わされた後、クライマックスでタイトルの意味に気づいたとき、ホロリともさせられる。そして、誰もが昔の友達に会いたくなるのではないだろうか。

文=石塚就一