ピアノソナタを聴いた瞬間、初めて感じた「官能」――。男性ピアニストとマネージャーのロマンチックな“クラシック・ラブ”
更新日:2018/10/9
あなたは、雷に打たれたような衝撃的な「何か」と出会ったことはあるだろうか?
胸が高鳴り、心も震え「これだ!」と本能的に悟ってしまうような何か。
それに出会った時の気持ちは、まさしく恋に似ている。寝ても覚めてもそのことで頭がいっぱいになり、人生が加速度的に進み出す予感がする。興奮が止まらなくなり、自身の価値観や常識さえも揺るがすことがあるほどだ。
欧坂ハルの『世にも不実なピアノソナタ』(講談社)は、今まで何に対しても本気で好きになれなかった女性が、ある男性ピアニストに出会い、生まれて初めて「官能」という強い感情を体感するマンガである。
物語は、クラシック系音楽事務所に勤務する橘環奈(26)が、担当するピアニストと顔合わせをする日から幕を開ける。
環奈は、ずっとロックバンドのマネージャーをしており、クラシック音楽の良さがまだわからなかった。それどころか、今まで何かを強く好きになることがなく、元彼とも体の関係を拒んで別れてしまったことを、思い悩んでいた。
しかし、環奈は担当ピアニストの成澤凱(なりさわがい)の演奏を聴いた瞬間、全身に衝撃が走る。
彼が演奏したのは、ラフマニノフ作曲のピアノソナタ第2番変ロ短調。
環奈は演奏を聴くと、胸が高鳴り、呼吸が荒くなり、全身が溶けそうになる。そして、いつの間にか身体が勝手に凱を後ろから抱きしめていたのである――!
演奏が終わると我に返り、慌てて謝り倒す環奈。だが、凱は嫌な顔をせず「…また(演奏会が)終わってからじっくり」と告げる。
なんだか初めて、本気になれそうな予感がして喜んだ環奈だが、事態は急転。
なんと、凱が音楽業界で絶大な影響力を持つ会長の愛娘に手を出したことが報道され、会長が手を回し、今期予定していたリサイタルが全て白紙になってしまったのだ……!
凱は、音楽の都ウィーン生まれで、数々の国際コンクールを制した若手筆頭株。甘いマスクが人気で、通称「鍵盤の貴公子」とも呼ばれるイケメンだ。
だが、テクニックは一流と言われているものの、情感に乏しいと称されていた。
そんな凱が本気で演奏するピアノソナタを聴き、彼を表舞台から消すわけには行かないと、奔走するマネージャーの環奈。凱の心の扉を少しずつ開けていき、彼と真摯に向き合う様子はとても好感が持てる。
また、凱のロマンチックでストレートな口説き文句と大胆な行動には、胸が何度もキュンとさせられた。
画力も非常に高く、全ページが芸術作品のように美しい。特に演奏シーンは圧倒的な迫力で、曲を知らなくても、まるでピアノの音色が聴こえてくるかのように感じられた。
本書は他にも、動画配信サイトから人気になった人気上昇中の男性ピアニストのLICHT(リヒト)や、凱を潰そうと画策する会長もストーリーに大きく絡んでくる。
男性ピアニストの繊細ながら迫力のある壮大な演奏シーンに惹かれるもよし、演奏される曲目をチェックするもよし、胸キュンな恋愛シーンにドキドキするもよし、様々な楽しみ方ができる作品だ。ぜひ熱い恋と演奏を、ダブルで体感し、興奮の渦に巻き込まれてみてほしい。
文=さゆ