はかなくも深淵、繊細かつ圧倒的な『繭、纏う』――業界絶賛の鬼才が「長い髪と美しい制服の女学園」を描く!

マンガ

更新日:2018/10/9

『繭、纏う 1』(原 百合子/KADOKAWA)

 放課後、誰もいない教室で、長い髪を揺らす少女が薄桃色の唇を開く。わたしたちは、そこからこぼれる言葉に耳を澄まさずにはいられない。「ねえ 制服が息する音 聞いたことある?」──『繭、纏う 1』(原 百合子/KADOKAWA)の冒頭は、ひそやかな内緒話のように幕を開ける。

 都心から電車で2時間、深い深い林の奥に、大きな白樫に守られて楽園が隠れている。星宮女学園だ。うつくしい高等部の制服には、3年生がつくって新1年生に渡すという伝統がある。制服づくりがはじまるのは、冬休みが明けてすぐ。中等部の3年生は被服室に集められて採寸をし、高等部の3年生は──。

 学園には、深窓の姫君がいる。寮の自室という繭に籠る、学園長の孫娘だ。その部屋の窓を見上げる女生徒は、容姿端麗な“学園の王子様”。絶えず向けられる期待に応え、完璧を演じることに息苦しさを感じている。さらにその横顔を見つめているのが、学園の雰囲気に馴染めず、級友たちとの関わりを持てない主人公。制服の採寸の日、“王子様”にコンプレックスだった髪を褒められて以来、あんなのはどうせお世辞だ、言ったことさえ忘れているとは思いながらも、彼女なら自分を受け入れてくれるのではないかと焦がれる心を止められない。

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 学園に集う少女たちは、絹糸のようなみずからの身体の一部で、大人へと羽化するための繭を編む。季節が巡り、時がきたとき、それを脱ぎ捨て、広い空へと羽ばたくために。繭は本来、幼いものを守るためにあるはずだ。けれど、大人とのはざまを移ろう心には、ときに窮屈な容れ物にもなる。思いがけず育った自我は窒息し、過保護な厚みを無理に破れば、未熟な中身が風に散る。けっきょく少女は、纏ったものの内側で、繭となるものをくしけずっているよりほかはない。わたしを見つけて、連れ出して、わたしのことを受け入れて。その均衡が崩れたとき、彼女たちの感情は解け、もつれだす。

 学園で起きたのは、まだほんのささいなほころびだ。にもかかわらず、物語に仄暗い奥行きを感じるのは、繊細かつ圧倒的な描画、謎の薫る構成の効果だろう。これで著者にとっては2冊目の単著だというのだから、底知れぬ才能への期待に震えてしまう。

 揺れる髪は、危うい誘いだ。流れる髪に光が当たる、一瞬のきらめき──わたしたちはそれを追いかけ、物語の続きに手を伸ばさずにはいられない。

 蜃気楼のような輝きを消さないよう、息を止め、そっとのぞき見るようにページをめくる。わたしたちはすでに、少女たちの長い髪に、心を絡め取られている。

文=三田ゆき