障害のある人たちが生きる世界を「面白そう」と捉えれば、世界は変わる! ヨシタケシンスケが『みえるとかみえないとか』に込めた願い

文芸・カルチャー

公開日:2018/10/21

『みえるとか みえないとか』(ヨシタケシンスケ:さく、伊藤亜紗:そうだん/アリス館)

 これまでに数々の絵本賞を受賞し、人気絵本作家として知られるヨシタケシンスケさん。今年7月には、『みえるとか みえないとか』(ヨシタケシンスケ:さく、伊藤亜紗:そうだん/アリス館)を発表し、大きな話題を集めた。

 本作は、宇宙飛行士の〈ぼく〉が、後ろにも目を持つ「三つ目の宇宙人」が住む星に降り立つところから幕を開ける。その宇宙人たちからすると、前方しか見えない〈ぼく〉は不便でかわいそうな存在。その出会いを機に〈ぼく〉は、「自分と同じ人」と「自分と異なる人」へ思いを巡らせ、「普通とはなにか」という深いテーマへと足を踏み入れていくことになる――。

 ダイバーシティが叫ばれる現代において、ヨシタケさんが生み出した本作は、「他者との違い」を考えるためのきっかけを与えてくれる一冊だ。ただし、本作の根底にあるのは、「違いを面白がってみる」ということ。作中でも〈ぼく〉はさまざまな宇宙人と出会い、その違いを「へー!」と面白がってみせる。

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 実にフランクな読み口だが、実は奥深いテーマが内包されている本作。それが生まれた背景には、原案となった新書『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(伊藤亜紗/光文社)の存在があったという。

 9月23日には、そんなふたりを招いてのトークイベントが、紀伊國屋書店新宿本店で行われた。そのイベントのレポートと、独占取材の様子をお届けする!

■イベント会場は親子連れで超満員

 汗ばむ陽気だったイベント当日、会場には親子連れが押し寄せ、あっという間に満席に。会場には『みえるとか みえないとか』の原画も展示されており、子どもたちはそれを食い入るように見てははしゃいでいる。イベント開始前から、ヨシタケさんの絵本がいかに愛されているかが伝わってくる。

 そして、満を持してゲストのふたりが登場。会場は歓声と大きな拍手に包まれた。

 大喜びする子どもたちを前に、少し照れくさそうなふたり。お茶目なジョークも交えつつ、今回の絵本の創作秘話を語りだした。

 なかでも「なるほど」と唸らされたのは、「面白がること」に対するヨシタケさん独特の捉え方だ。

ヨシタケシンスケ(以下、ヨシタケ):幼い頃、視覚障害の人が白杖をついて歩いているのを見て、「面白そう」って言ったら、母親に怒られてしまったんです。それで、「自分は悪いことを言ってしまったんだ」と思って。でも、どうして怒られるのかがわからなかった。

「知らないもの」に対して「面白そう」と興味を持つ子どもに、「ダメ」と言ってしまうのだけが正解ではないと思うんです。だからこそ、本作には、「違っていても、お互いがわかり合えばいいんだよ」というメッセージを込めました。

 それに対し、伊藤さんも自らの子育て体験を交えながら、絵本の存在意義について話す。

伊藤亜紗(以下、伊藤):私も子育てをしていると、「ダメ」と言ってしまう。でも、その続きがあったかもしれない、と後から思うことがあるんです。忙しいとどうしてもゆっくり説明ができない。そんなとき、絵本があれば、子どもとじっくり話す時間が取れるのかもしれないですね。

「面白そう」と思う気持ちは、決してネガティブなものではない。それは相手を深く知るための、ファーストステップになりうるものだ。それを封じ込めてしまうのではなく、そこから徐々に理解を深めていくこと。多様性を認めるためには、そのような歩み寄りが必要なのではないだろうか。

 イベントでは、本作の舞台を「宇宙」にした理由や、ヨシタケさんが視覚障害者には一切取材をせずに創作した理由なども語られた。しかし、時折、「難しいことばっかり話してごめんね! つまんないよね?」と子どもたちに問いかけ、笑いを取るヨシタケさん。その常に子どもたちと向き合おうとする姿勢に、保護者からも感嘆が漏れていた。

 そしてイベント後半には、質問コーナーが設けられた。すると次々と手を挙げる子どもたち。そのなかには、「目の見えない人は、どうやってコップに水を注ぐんですか?」という質問も。その鋭い視点に、会場にいる大人たちも「おお~!」と驚いていると、伊藤さんがズバリ回答。

伊藤:コップに水を入れているときの「音」で、大体の量がわかるみたいなんです。耳で判断するんですね。それと、指をコップの中に入れておいて、注がれた水の量を確認する人もいますよ。

 やさしく疑問に答えてくれるふたりに、子どもたちもどこかスッキリした表情。恥ずかしそうに質問をする子どももいて、会場は終始和やかなムードだった。

 最後にはサイン会へと突入。ふたりと一緒に記念撮影をする子どもたちもいて、取材中のこちらもとてもほっこりした気持ちに……。絵本の力をもって子どもたちに大切なことを届けたい、というヨシタケさんの想いは、確実に伝わっているのだろう。

■この世界には、別の見え方がある

 イベント終了後には、特別に独占インタビューに応じてくれたふたり。ここからはイベントでは聞けなかったさらにディープな質問をぶつけてみることにした。

――本作には「自分と異なるもの」を認めていこうというポジティブなメッセージが込められていますが、そもそも、人が自分と違うものを認めるために必要なものとはなんでしょうか?

ヨシタケ:それはね、「想像力」に尽きると思っているんですよ。自分と違うものが存在することを認めて、面白がって、受け入れることに必要なのは、想像力。ただし、目の不自由な人がいるように、なかには「想像力が不自由な人」というのも一定数存在すると思うんです。そして、多様性を認めるということは、そういった人たちのことも認めるということ。ちょっと矛盾しているようにも聞こえるんですけどね。

 だからこそ、ぼくらのようにものを作って発表していく人たちは、想像力の不自由な人にも伝わるものを作っていかなければいけない。「どうせわからないだろう」と切り捨ててしまうのではなく、どうすれば理解してもらえるのか、その共通点を探りながら、コンテンツを届けていくしかないと思うんです。

――想像力の不自由な人たちと歩み寄るために、コンテンツの力は有益ということですね。

ヨシタケ:そうだと思うんです。だから、せっせと作品を生み出して、ひとりでも多くの人に読んでもらう。そうすることで、「あ、こういうことなんだ!」って気づいてくれる人が出てくることに期待をするしかないですよね。

伊藤:研究者の立場から言うとすれば、ここ数年、「当事者」という言葉が頻繁に出てくることが気になっています。当事者の言っていることは正しくて、彼らの発言は傾聴しなければならない。それは確かにそうですし、大切なことなのですが、そのことがかえって、「どこまでが当事者なのか」のような線引きの感覚につながっていくのは残念だなと思います。当事者のなかで起こっている問題は、もしかすると当事者ではない人たちの間でも起こりうるかもしれない。そういった想像力が大切だと思います。

――当事者の問題を、自分ごととして置き換えるために有効なのが、まずは「面白がってみる」ということでしょうか?

ヨシタケ:そうですね。面白がって、興味を持つこと。ただし、面白がるというのは、「失礼なこと」と受け止められてしまう可能性もあるので、なかなか難しいんですよね……。本当は気軽に「あなたの生きる世界って面白そうだね!」って言えることが大切なんですけど、気軽には言えなかったりもして。だから、この本を作るのも本当に大変だったんです。

――イベントでは、視覚障害者がどうやってコップに水を注ぐのか、に興味を持つ子どもからの質問もありましたね。

ヨシタケ:あんなふうに、未知の世界に興味を持ってもらえるのは本当に嬉しいことです。この本を読んだ子どもたちが、障害のある人たちの世界を面白がって、純粋な疑問を気軽に口にできるようになったとしたら、まずは成功だなって思います。

伊藤:きっとあの子は帰宅してから実験すると思うんです。実際に目をつぶってみて、コップに水を注ぐはず。それは本当に素晴らしいこと。

 私たちが生きている世界には別の見え方があることを知ってもらいたいんです。それを知ったとき、視野がぐっと広がって、自分とは異なるものへの興味がどんどん膨らんでいく。

ヨシタケ:簡単に世界って変わりますからね。いまはまだ「かわいそう」でしか捉えられない世界のことも、カッコいいとか、スペシャリストなんだとか、ポジティブに受け止められるようになったら、さまざまな物事をフラットに見られるようになると思います。

 そのためにも、まずは難しいことを抜きにして、この本をケラケラ笑いながら読んでもらいたい。ぼくら人間とは異なる宇宙人のことを、「変なの~!」って。決して真剣にはならないでほしい。お勉強ではなく、まずは自分とは異なるもののことを純粋に面白がってもらって、軽い気持ちで捉える練習になってくれればありがたいです。

 未知の世界に触れたとき、人はどうしても「怖い」や「かわいそう」といったネガティブな感情にとらわれてしまう。けれど、それでは発展性がない。そうではなく、まずは「面白そう」とポジティブに捉えること。そんな純粋な好奇心が、人と人との間にある壁を打ち崩すカギになるのかもしれない。

『みえるとか みえないとか』を読んだ子どもたちは、きっとこの先、あらゆる物事を「面白そう」と受け止め、好奇心いっぱいの目でこの広い世界を見つめていくのだろう。

取材・文=五十嵐 大